078 お姉様
「ただいまです」
ツナデが帰ってきた。
夕方五時。
食材も一緒に。
「お姉様!」
カノンが飛び出した。
「ふえ? カノン?」
「知ってるの?」
僕は端的に聞いてみた。
「ええ、まぁ」
どうやら知り合いのようだ。
「お姉様ぁ!」
ギュギュッとカノンはツナデを抱きしめて、その柔らかい双子山に自分の顔をズブブと沈み込ませていた。
簡単に述べてセクハラ。
――女子同士なら問題ないのだろうか?
少し首を捻る。
「何しに此処へ?」
「お姉様が退学なさるからぁ……」
「心配掛けましたね」
「ええぇ。そうですよぅ」
まさか異世界に行っていたなんて言えないだろう。
僕も言えない。
「お姉様が居ないと張りがありませんぅ!」
「良い事ですね」
「良くありません」
「肩の力を抜く良い機会です」
「お姉様ぁ……!」
「私にはお兄様が居ますので」
「養っているんですかぁ?」
「いえ、貯蓄はありますし」
「じゃあ何故働いているのでぇ?」
「色々ありまして」
便利な言葉だよね。
色々って。
それだけで、全てを説明出来るような気がする……そんな利便性と汎用性に富む言葉と言えましょうぞ。
いや、まぁ、
「実際に理由はある」
のだけども。
「何ですぅ? 色々ってぇ?」
「仕事の引き継ぎですよ」
「引き継ぎぃ?」
「そこはまぁ察してください」
そしてツナデはカノンを引きはがし申した。
僕は薬効煙を吸っている。
スーッと吸ってフーッと吐く。
「お姉様は処女のままですかぁ?」
「お兄様が抱いてくださりませんし」
僕のせいですか。
南無三宝。
で、
「ツナデとカノンはどういう関係? 学校の同学年……っていうにはちょっとカノンが過激な気がするんだけど……そこら辺は無視した方がいいかな?」
「告白されました」
「百合百合?」
「ですね」
「乙女は乙女で完結すべきですぅ!」
「とまぁ」
カノンの額に手をやって、押し返すツナデ。
「乙女は純粋であるべきですぅ」
「男の入る領域じゃ無いと?」
「男なんて汚らわしいですぅ!」
ある意味そうかもね。
実際性欲の権化だし。
マーラ様。
「もっと純粋にぃ。乙女同士が互いに心を通わせるぅ。それこそ真実の愛なのだと……私は悟っていますぅ……!」
「だそうで」
薬効煙を吸いながら、僕は肩をすくめる。
フーッと煙を吐いた。
「まぁ感性は人それぞれで」
それがツナデの感想らしい。
確かに他に形容しようもないか。
「で、ツナデは百合百合に奔ると」
「私が何時も想っているのはお兄様だけですよ?」
「ソレは重畳」
嘆息。
気疲れ。
ツナデらしいと言えばその通りだけど……もうちょっとこう……カノンに意識を見せないと、カノンに僕が刺されそうで。
「ところでお姉様はマサムネと何処に行かれていたのでぇ?」
「秘密です」
他に形容しようも無いよね。
「教えてくださいぃ」
「却下」
すげなく断る愛妹でした。
「ところでカノン?」
「はいぃ?」
「夕餉は食べていきますか?」
「良いんですかぁ?」
「湯豆腐なので。まぁ人数は関係ありませんね」
なるほど。
暖まる料理だ。
「お姉様の湯豆腐ぅ……」
「別になにがどうのでもありませんけど。……ていうかカノンは少し私を過剰に評価しすぎではありませんか? 小生然程でもありませんよ?」
「お姉様を愛していますぅ!」
「…………光栄です」
案外我が家の妹は直球に弱いらしい。
少し意外だった。




