076 カノン
ピンポーン。
インターフォンが鳴った。
午前の中頃。
宅配便かな?
玄関を開ける。
「げ」
肥だめに足を突っ込んだような口調で、苦端を口走る少女が居た。
「マサムネ……」
「ええと……?」
少女の顔を、僕は知らない。
ついでに名前も。
栗色の髪。
同色の瞳は大きく、パチクリしていた。
着ているのは、僕とツナデが元いた学校の制服で、それが憎いくらいにマッチしており、女子高生の愛らしさ満点。
表情さえ加味しなければ。
「どちら様で?」
カクンと少女の首が脱力する。
「覚えてないのぅ?」
「まったく十全に」
行方不明になって結構時間は経っている。
「カノンですぅ! カノン!」
「誰だっけ?」
本気で分からない。
「いいですもぅ」
そりゃ重畳。
「お姉様をお出しくださいぃ」
「お姉様?」
フィリア?
「ツナデお姉様ですぅ」
「今は居ない」
仕事だ。
「何時お帰りに?」
「不定期」
コレも事実。
「何をされているのでぇ?」
「仕事」
コレは間違いない。
「学校を辞めてぇ?」
「そういうことになるね」
「何考えてるんです?」
「心は読めないし」
「貴方の方ですぅ!」
「何故にそんなに敵対気?」
「お姉様が学校を辞めたんですよぅ?」
「そうだね」
「心配の一つもしましょうぞぅ!」
「そうだね」
「しかも働いてるなんてぇ!」
「そうだね」
「一足す一はぁ?」
「そうだね」
うんうんと頷く。
「人の話を聞いてくださいぃ!」
「聞いてるよ?」
聞いてないけど。
「で、カノンさん?」
「カノンで良いですぅ」
「カノンね」
パッヘルベル?
「ツナデに会いたいの?」
「ですぅ!」
でも仕事だしな。
「そもそもぉ」
「何か?」
「なんでお姉様に働かせているんですかぁ?」
「仕事できないし」
「ヒモですかぁ?」
「かもね」
殊更否定する案件でも無い。
「兄が妹のために働くべきでしょぅ?」
「そうできたらいいんだけど」
責任問題が発生するし。
「むぅ……」
半眼で睨まれる。
「二人揃っていきなり社会に復帰して。かと思ったら急に学校を辞めて。ついでマサムネのためにツナデお姉様が働いている?」
「父兄も働いてるよ?」
義父と義兄の行方不明は警察発表が為されていない。
現時点では当事者以外知り得ない情報だ。
「で、マサムネはニート?」
「そうだね」
筋肉を鍛える以外にやることが無い。
あとは乙女の監督役か。
「間違ってますぅ!」
「知ってる」
別に否やも無い。
問題が何処か……ということであって……そこから逆算するに、たしかに僕はニートで、ツナデを代わりに働かせている不精者だ。
「ソレで要件は? ツナデに会いたいなら待つ?」
「良いんですかぁ?」
「殊更拒否もしませんが」
別にVIPでもないし。
「じゃあそうしますぅ」
制服姿のまま、カノンさんとやらは、我が家に上がった。
…………いいのかな?
ちょっとした疑問。
けれど追い返しても意味は無いだろう……程度のソロバンは……まぁ弾けるわけだから、この際ツナデに於ける学業復帰のとっかかりになるかも知れないし。
「ウーニャー?」
透遁の術で隠された頭上のウーニャーが首を傾げました。




