073 合気
ふむ。
タン、と一歩進む。
制圏の把握。
次瞬、考えることが多数に昇る中で、その限りなく最適解に近い思考を、神経パルスを通して行動へと導かなければならない。
「疾!」
手刀。
相手方は腹を叩こうとする。
「蛇蝎」
蛇のように手刀がうねった。
ただその殺傷力は……それこそ自分で言うのもどうなんだ……と躊躇われるけど、まぁ劣化もしないわけで。
対象に襲いかかる手刀に、腕が巻き付いた。
「――――――――」
「――――――――」
ミシィと音がする。
筋繊維の唸りだ。
骨は今のところ大丈夫。
その骨の負荷を躱すために、僕は跳んだ。
完全に情勢は相手側だ。
回転。
縦に空中回し蹴り。
威力は相応。
タイミングも相応。
そして躱されるのも相応。
殆ど牽制が目的だ。
当てようなんて思ってもいない。
相手方は、此方の体制が整ったのは知っているはずだ。
そうでもなければ、さすがに相対的に神経を疑わざるを得ないし、何より僕と立ち合う意味も無い。
回転して振り抜かれた足を掴まれる。
「まずっ」
が、遅い。
床に叩きつけられた。
一瞬で受け身、後に離脱。
此方の事情を勘案せず、対象は襲いかかる。
速い。
手刀だ。
こっちも手刀で応える。
流石に二度目は通用しないかもだけど。
「――――――――」
「――――――――」
交錯。
そのまま無理して突っ込んだ。
掌底。
波紋。
踏み出しが破裂した。
炸裂音が足下で鳴った瞬間に、掌が対象を襲う。
スパァン!
空気を打った。
「うっそ?」
躱すか?
このタイミングで?
手刀を握られた。
回転。
また叩き伏せられるようになる。
波に乗って、けれども無理はせず、なお流れに自分の演算をくわえて、穏便に合気を無力化した。
タンと足を着いた瞬間、
「――――っ!」
水平回し蹴り。
足払いだ。
筋動作から言って、後退は有り得ない。
受け止めるか。
飛んで躱すか。
あるいは――、
「っ?」
足に足を絡ませて合気か。
最後者だった。
さすがに舌を巻く。
そこまでのレベルに達するための研鑽を想像するだに、ある種の敬意と戦慄とを同時に覚えてしまう。
足を使った合気って……。
また攻撃が止められる。
今度は相手方だ。
足目掛けて拳が打ち込まれる。
僕はそれを避けなかった。
「――っ?」
今度は対象が戦慄した。
膂力で無理矢理、回転蹴りを続行する。
零距離の寸勁だ。
ただし足バージョン。
力を込める。
空間が爆ぜる。
とっさに防御に回った対象は、そのまま腕を交差させて、僕の寸勁による蹴りを一時的に凌いだ。
「さすがツナデ」
僕は彼女に賞賛を送る。
「蹴りの寸勁なんて聞いたことありませんよ」
「それを言うなら足で合気を具現するのも僕は寡聞にして知らないんだけどね。いやまぁ理屈の上では納得も出来ようけども」
「お兄様は怪物です」
「ソレは今更かな」
「では、参ります」
「相承りましょう」
そして僕とツナデは立ち合った。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも人外……」
本当の人外であるエルフのイナフにツッコまれた。
いやイナフはハーフだけどさ。
「どんなレベル?」
基礎教養の範疇ですけども……。
少なくとも我が家にとっては。
正確には僕とツナデにとっては、か。
実を言えば僕だって義父や義兄に見劣りしないしね。
世間体を考えて自重してたけど。




