062 兄妹
「しばし離れていましたね。お兄様とは」
「仕事の引き継ぎがあったからね。御苦労様」
互いに水着姿で、湯船に浸かっていた。
「水着の方が不味くないですか?」
とは聞く話。
まぁね。
ある意味、意識している逆説的証左だ。
けれど全裸になられると、こっちの股間事情が困る。
「お兄様は謙虚に過ぎます」
「のしを付けて売り払って欲しい」
「突き付けられたら抱擁で迎えますよ?」
知ってる。
「実際僕の助けは要らないの? これでも能力くらいは自負してるんだけど。それでもダメだったりして?」
「先述したように信用の問題ですし」
「血は難儀だね」
「お兄様以上は見当たりませんけどね」
まぁ壊れているっちゃ壊れている。
元々の、肉体の含有する能力が人並み外れて、ずば抜けているのだ。
おかげで助かっている面もあるけど、どちらかと云えばコンプレックスの刺激にも似たような痛みは覚える。
「お兄様はお強いですから。それはツナデも否定しません。ですから頼りにさせて貰います。最終的に……追い詰められれば」
「無理しないでね?」
「お兄様がそう望むのなら」
こっくり頷いて、僕の胸に侵入してくる。
「……………………」
僕はツナデを抱きしめて、頭を撫でた。
「愛しております、お兄様」
「知ってるよ」
誰より知ってる。
ツナデは、ある意味で……僕の心を一番占有している少女だ。
その純情は難儀だけど、心地よい甘さも多分に含まれている。
「本当に……」
苦笑い。
「兄離れをしないね。ツナデは」
「お兄様ですから」
言葉足らず。
けれど不足無く理解する。
きっとツナデにはマサムネが必要なのだろう。
罪悪感は残る。
ツナデにとっての魚の小骨。
――全面的にお兄様の味方に成れなかった。
仕方ないと思う。
殊更、ツナデが悪いわけじゃない。
僕だって他人ならそうする。
仮に異世界に行ってなかったら、そのままの関係だったろう。
けれど何の因果か。
僕らは異世界に行ってしまった。
そこで出会ったのは無条件で僕の味方をする女の子たち。
ただ単純に、
「好き」
の感情で、僕を慕う後ろめたくない恋情の形。
それがツナデを追い詰めていたのは知っている。
だからこそ、覚悟を決めたのだろう。
けれど罪悪感は消えない。
懲罰に掛けられないのだ。
人の心という奴は。
だからツナデの傷も癒えない。
後ろめたさ。
架空の後ろ指。
自責の襲い方。
呪いだ。
無条件に僕を好きでいる乙女たちが居れば、それだけツナデの心の傷は、無形の出血を間歇泉のように吹き出してしまう。
「お兄様は……優しすぎます……」
「光栄だよ」
「こんなダメな妹を」
「ツナデが自責するほど僕は責めてないけどね」
「だからです」
それも知ってる。
人間関係の機微には聡い。
表情を読めるのも困りものだ。
ギュッと抱きしめる。
「甘えて良いから」
「……………………」
「抱くことは出来ないけど、ツナデが一時的に自責の念を忘れられるなら、僕は幾らでも道化になってあげる」
「何故です……?」
「ノーコメントで」
「ズルいです。お兄様」
「最初っからそんな感じだけどね」
良くも悪くも、僕はブレない。
自慢になる事でもないけど、きっとそんな生き方を、環境に強いられたのだろう。
そこは違いなく、ツナデも察するところ。
だから知っているのだ。
僕の言葉に嘘が無いと。
僕ら兄妹の念は多少複雑だ。
「けれどツナデは可愛いし」
「そう思ってくれますか?」
「なら味方をするのも男の子じゃないかな?」
「お兄様……」
「御本尊じゃないんだから。そこまで崇め奉られてもしょうがないよ。ぶっちゃけた話、僕はツナデのお兄ちゃんだし」
妹を助けるのは必然。
責める気持ちが無いと言えば嘘になる。
けれど責任はツナデに帰結しない。
だから僕はツナデを責める権利を持っていないし、その意図も並行して持ち合わせていないのである。
「ま、気楽にね」
「はい。お兄様」
穏やかに微笑んだ後、ツナデはおでこを僕の胸板に擦りつけた。
…………可愛い。




