055 月は夜にて冴え渡り
「ほふ」
僕とイナフは縁側で茶を飲んでいた。
ツナデがいないので、夕食は異世界ヒロインズのお手製。
無難にパスタだった。
で、添い寝をするにも眠気が必要で。
「月が綺麗だね」
「だね~」
僕とイナフはデカフェの紅茶を飲んでいた。
まったりと刻を過ごす。
「ウーニャーは?」
「既にお休み」
「じゃあ今、お兄ちゃんはイナフの物?」
「そう相成るかな?」
「抱く?」
「後刻ツナデに殺されていいなら」
「どっちが?」
「どっちもかな」
毒入りスープで一緒に逝こう。
その程度はしてのける。
「にゃ~」
イナフにおかれましては焦れったいようだ。
「僕に言われても」
懸念なき本音。
少なくとも騙す意思は無い。
「お兄ちゃんはツナデお姉ちゃんを好きすぎ。別にそれは否定されることでもないけど……なんていうかラブリーがピュアすぎるから、他のお姉ちゃんたちも、隙あらば……って思ってる。もちろんイナフも」
「だよねー」
そこは同意。
僕はツナデに甘い。
コッチの世界での味方はツナデ一人だった。
そしてフォトンに救われた。
どっちが正しいのかは議論しないけど、
「――もう迷いません。誰が何と言おうと、ツナデはお兄様を全面的に味方します。そこに異論を差し挟む人間が居れば、実力で以て排除します」
実際に妹を追い詰めていたわけで。
それが僕で。
それだけが僕で。
「どっちが残酷か?」
なら……ソレは僕の方だった。
間に合わなくてゴメン。
覚れなくてゴメン。
傷つけてゴメン。
本当に……本当に…………。
ダメなお兄様だ。
僕は。
僕が不幸であることを、ツナデを不幸にするなんて思ってもみなかった。
今漸く気づけて、
「何が出来る?」
それも命題だけど。
「イナフは僕のこと好き?」
「そりゃ……好きだよ」
うん。
嬉しい。
「それに応えられない自分に反吐が出る」
「別にお兄ちゃんを追い詰めるために好きなわけじゃないから」
「皆そう言うよね」
「イナフたちはお兄ちゃんの足かせになりたくないの」
「ハーレムエンド?」
「お兄ちゃんが望むならね」
紅茶を一口。
「月が綺麗だよね」
「さっきイナフが言った」
「知ってる」
でも月が綺麗なのには別の意味があって。
異世界組が知らなくて無理はないけども。
巫女は何処までを弄ったのだろう?
少しそう思う。
「今更……か」
「お姉ちゃんのこと?」
「他にも色々と」
「フォトンお姉ちゃんは感謝してたよ」
「そのために世界を渡ったからね」
そこは履き違えていない。
魔術の無い世界なら、フォトンは無価値でいられる。
無価値……というか普遍だね。
一般的に生きて、一般的に死ぬ。
その生理現象が適応されるのだ。
そして多分……、
「ブラッディレインの意思には沿わないだろうけど」
少し、そう思った。
紅茶を飲み干す。
「じゃあ寝よっか」
「ん……」
イナフはフラフラしていた。
眠いらしい。
「負んぶしてあげよっか?」
「お願い。眠い」
「では承りまして」
軽いイナフを負んぶして僕は自室に戻った。
この軽さで、あの威力だ。
其処に練られた勁は、とても信じられないものでもあった。
「夜の桜に、夜の月。月に叢雲、花に風……か。風流を解するのもゲームを楽しむのも……嗜好の意味では一緒だけど……」
何だかな。
「昔のお偉いさんはヒマだったのかな?」
テレビゲームがないので、暇ではあったろうけども。
「月を見て、華を愛で、酒を飲み、詩を詠う……か」
おかげで今があるわけだ。
夜の月がぽっかり浮かぶ。




