054 手合わせ
僕とイナフは胴着を着ていた。
「では」
「参ります」
道場でのこと。
手合わせの相手に僕はイナフを選んだ。
ツナデいないし。
タン。
互いに一歩踏み込む。
瞬間の次瞬予想。
空間的アトラクタで、互いの制圏を読む。
僕は崩拳を放った。
躱される。
それは前提条件。
「ひゅ」
その崩拳にイナフの腕が絡みつく。
勁を練る。
合気に走ろうとしたイナフを、無理矢理掣肘する。
「――っ!」
その判断を読み取ったのだろう。
気の流れるままに、イナフは跳んだ。
「――わお」
天井に足を付けるイナフ。
その軽業は感嘆に値する。
一瞬……あるいはその半分なのか……互いに視線を合わせて、次なる行動の予測……とはいっても防御か回避かカウンターか……だけど。
天井から破裂音。
イナフが蹴ったのだ。
襲い来るは踵落とし。
僕は受け止めた。
一番良かったのは、回避して、踵落としで隙の出来たイナフを襲うことだけど、単純な速度で、ソレを不可能と覚ってしまった。
ミシィ。
筋肉が音を鳴らす。
骨は大丈夫だ。
イナフは逆の足で、踵落としを防いだ僕の腕を蹴り、距離を取る。
「……………………」
僕は間合いを詰めなかった。
「練度は落ちてないね」
「一応レゾンデートルだからね」
ゆらりと脱力。
制圏を広範囲にとっている。
それが良くわかった。
「コーラとポテチとゲームでたるんでるとも思ったけど……」
「山を駆け巡りましたから」
屋敷の裏山の事だろう。
たしかに修行の場には絶好だ。
「もうちょっとギアを上げるよ」
「ご随意に」
パン。
交錯した後にその音が響いた。
超高速。
一手。
二手。
三手。
繰り出し、受け止め、繰り出すも回避される。
側面から蹴りが襲う。
こちらのこめかみ狙いだ。
仰け反って回避。
次いで片脚を跳ね上げて、目前を通過した足に蹴撃を。
交錯。
その足の十字を糧に、イナフは回転する。
こちらの上空をとった。
独楽のような回転。
手刀が襲う。
僕は足を両方宙に浮かせた。
軸にしたのはコッチも同じだ。
イナフの腹部に回し蹴りが入った。
「――――――――」
そのまま弾き飛ばされる。
結構膂力は込めた。
無論全開じゃないけど。
リミッターを外すと、まずイナフでは相手にならない。
決まった――、
「――――――――」
そう思った瞬間、イナフが襲い来る。
事象だけ見れば簡単だ。
吹っ飛ばされたイナフが壁に着地。
その壁を蹴って襲撃。
僕の気の緩みにつけ込んで反撃。
僕の喉に手刀が突き付けられた。
「……………………」
僕の負けだ。
「もしかして勁練ってた?」
「じゃなきゃあんな博打しないって」
僕の蹴りを、硬身勁で防いだらしい。
で、わざと吹っ飛ばされたと。
「お兄ちゃん鈍ってる?」
「かもね」
否定できない事実だ。
「ま、これが殺し合いならまた別の事象だろうけどね。お兄ちゃんはイナフを殺したくないから無力化で我慢していたわけだし? 多分殺し合いが前提なら、まず以て油断もしないでしょ? ね? お兄ちゃん?」
「でも負けは負け」
「うん。一矢報いた」
「まだまだ……か」
「それ以上強くなってどうするのって話だけども」
確かにね。
こっちの世界ではあまり必要ないしね。
「おかげで食っていけるわけだけども」
ソレもまた事実。
「とりあえず付き合ってくれてありがと」
「添い寝の権利を所望するよ」
「その程度でいいのなら」
断る理由も無い。




