042 夜桜デュオ
ふと目が覚めた。
夜中の事。
夜月の輝きが、静謐に部屋を照らしている。
「ウーニャー……」
ウーニャーは健やかに眠っていた。
僕は起きて、キッチンに向かう。
自室を出て屋敷を歩く。
ダイニング……食堂に明かりが付いていた。
「お兄様」
ツナデがいた。
「あら、まぁ」
奥さん、とでも付きそうな驚きかたの僕。
「眠れないのですか?」
「というより突発的に起きちゃっただけ」
「お茶でも淹れましょうか?」
「自分でやるつもりだったけど……ツナデが淹れてくれるなら、そっちの方が美味しいお茶にありつけそうだね」
「では失礼しまして」
キッチンに引っ込むツナデ。
しばし待つ。
ダイニングからシステムキッチンを動かすツナデを見た。
サラリと鮮やかに駆使してのける。
「ツナデもいつかお嫁にいくのかぁ。娶る男は幸せだね。こんな家事万能で尽くしてくれる女の子を捕まえられたら」
「何か言いましたかお兄様?」
「可愛いって」
「恐縮です」
そして茶が入った。
「夜桜でも見ながら茶にしませんか」
「構わないよ」
緑茶の湯飲みを持って、屋敷の縁側に座る。
隣にはツナデ。
夜の桜を眺めながら。
「月が綺麗ですね」
「そうですねー」
「お兄様は意地悪です」
「根性ひん曲がってるだけだよ」
「それが意地悪というのですけど」
知ってる。
「でも夜桜を楽しむには月が必要だ」
「否定はしませんけども」
互いに茶を飲む。
「フォトンとのデートは楽しかったですか?」
「それなりにね」
「目立ったでしょう」
「それなりにね」
「ぶっちゃけ異世界のヒロインたちは個性が強烈すぎます」
「……………………」
ツナデが言うか。
心底からツッコんだ。
あくまで心中で。
「お兄様は……それでもそんな彼女らのために居場所を作ろうとしています」
「ダメ?」
「とは言いません」
湯飲みを傾ける。
ホ、と吐息。
「お兄様が心底から優しいことは……ツナデが一番よく知っています。恨みも辛みも、自分一人で抱えてしまうお人ですから」
「さほど高尚な存在でもないよ?」
「お兄様ならそう仰るでしょうね」
分かられちゃってるらしい。
茶を一口。
千切れ舞う桜の花よ。
「結果論では正しかったですけど……こうもライバルが多いのもこの際辟易もしますよ……実際の問題として」
「ま、その点は知ったこっちゃないんだけど」
「お兄様は恋を知らないんです」
「言われてみればそうだね」
特級の美少女軍団。
普通ならハーレム待った無し。
けれど僕は紳士だった。
別に好ましく思っていないわけでもない。
性欲だって普通にあるし、異性への興味関心……あるいは理想像は捉えている。
けれど何というか……ツナデにしろフォトンにしろ、あるいは他の女の子にしても、僕のもつ感情よりも燃え尽きるほどヒートな情熱を面に出している。
その点を鑑みれば、たしかに僕は冷静の類だろう。
「お兄様? 一応聞きますけど童貞ですよね?」
うーむ。
「否定したいけど出来ないね」
我ながら経験不足。
「なら良いのですけど」
「なんで童貞は恥で処女は名誉なの?」
「攻めが足りないのか。攻められて鉄壁なのか。その違いでは?」
「説得力あるわぁ」
まさに。
「お兄様になら捧げますよ?」
「知ってる」
茶を一口。
「本当にお兄様は……」
ま。
これが僕なんで。
諦めて貰うしかない。
湯飲みを傾けた。
「お兄様」
「へぇへ」
「今日は一緒に寝ませんか?」
「何もしないならいいけどね」
「添い寝するだけです。何時もの様に……」
「何時もの如く……か」
「ええ」
ホ、と吐息。
「うん。まぁ。ツナデならね」
「感謝します。お兄様」
別に貸し借りの問題でも無いんだけど。
添い寝程度で感謝される僕って……?




