036 春の夜の夢の如し
「優しい……か」
添い寝しているツナデを見る。
そんなつもりは毛頭無い。
けれどツナデの善意は躱せない。
「なにかな。負い目を持つと責任を感じ入るものなのかな? 僕はあまり気にもしていないんだけど……ツナデにとってはどうしようもな裏切り……か」
フォトンが述べる言葉は……遠回しに皮肉になっている。
暗い夜の中で、腕に抱きついているツナデを見る。
夜目は利く方だ。
シルクのように艶やかな髪は感動すら覚える。
御尊顔愛らしく。
丁寧な造りは遺伝子の結果だろうか。
それにしては二物以上を与えている天ではあれども。
「なんだかなぁ」
少しだけ、自分の鬱屈が鎌首もたげる。
『格好良い』
『優しい』
『紳士』
ヒロインたちはこぞって言う。
けれど僕は僕でしかないわけで。
別段正義の味方でもないし、紳士を気取っているつもりもない。
何がツナデを追い詰め、何がヒロインを慕わせているのか。
「見当も付かない……か」
事実として慕われてはいるんだろうけども。
「月の明るい夜……か」
屋敷は壁で囲まれているので、カーテンは開け放たれたまま。
夜が見えた。
まったく遠すぎる距離の具現だ。
数え切れない星々が浮いているというのに、その矮小さたるや人間の身でありながら……むしろ人間だからこそ無明にも感じようぞ。
幾らでも輝く無数の星々より、暗黒で光の届かない夜の方が面積の広い。
もとより宇宙はスカスカだ。
黒色という物は、基本的に光を吸収する物の代名詞。
けれど夜は違う。
光を吸収するのではない。
空っぽ故の黒だ。
そのあまりの深淵は、命と熱と光とを一顧だにしない強勢さを念わせる。
――ちなみに夜がある時点で宇宙の無限性は否定される。
この世の宇宙に限度がなく無限の宇宙に無限の星々があった場合、宇宙の明るさは地球における昼間の晴天の明るさ……その三十万倍の輝きを獲得するらしい。
それでは夜もへったくれも在ったモノではなく。
ぶっちゃけ目が潰れるレベルだ。
「暮れぬ間は、花にたぐへて、散らしつる、心あつむる、春の夜の月」
散る心情。
乙女と花と思情とよ。
けれどそれは確かにあって。
だから何より大事に思え、だからだろうか…………拾って集め、大事にしてしまう。
「ツナデも趣味の悪いこと」
夜の色の髪を梳く。
ロングヘアーは引っかかることなく手漉きを通過せしめた。
よほど手入れをしているのだろう。
「ああ。乙女だ」
それは認めざるを得なかった。
「もっと良い異性がいる気もするんだけど……その辺どうなんだろうね? ツナデのブラコンも……ありがたいけど負い目を感じることを、言い訳にされてもね」
其処がネック。
味方になってあげられなかった。
呪詛。
呪いだ。
ここで僕が、
「気にしなくても良い」
というのは簡単だ。
けれどそんなおべんちゃらでツナデが納得するのなら、そもそもこんな事態には至っていないわけで。
「難しいね」
苦笑してしまう。
夜の最中の、冷える闇よ。
「けど責任取れないしなぁ」
とれるのならいいのか、って話ではあるけども。
「南無三」
寝よう。
ここでツナデへの責任について考えても仕方ない。
実際問題として、ツナデだけではないのだ。
異世界のヒロインたちも僕を憎からず想っている。
その点で証左とはなるけど、
「納得は出来ないよねぇ」
卑屈な僕でした。
生まれが最悪。
育ちはそこそこ。
立場は壊滅的で、批評は論外。
それは卑屈にもなる。
環境のせいにするのはシャクだから、多分コレは僕の心の問題。
「そんな高尚な存在じゃない」
そんな自己否定と、
「人に大切にして貰いたい」
そんな甘えと。
離反する二つが喧嘩してやわくちゃになる。
――現状に甘えている。
それも否定は出来なかった。
ヒロインに甘えているのは確かだったから。
「……………………」
ツナデがギュッと僕の腕を抱きしめた。
「ツナデ?」
「……………………」
無意識か。
眠っているなら是非もない。
表情筋を見れば分かる。
今、たしかにツナデは寝ている。
星明かりが補足してくれる。
「最初の味方……か」
フォトンとツナデ。
どちらを最初と呼べば良いのか?
お互いに思うところもあるようで。
「ややこしいことは嫌いなんだけど」
目を閉じる。
闇夜が襲った。
子ども頃は、目を閉じると星空が映ると信じていた。
それが光の名残だと知ったのはいつからだろう?
「けど、まぁ」
星の光も永遠では無く、
「春の夜の夢の如し……か」
全てが無常なのだろう。
その心の在り方さえも。




