035 お風呂
「本当に大丈夫なんですか?」
「朝までは不満そうだったのに」
「お兄様のせいです」
「そっか」
ワシャワシャ。
泡立てて洗髪と洗体をしてもらった。
さすがにプライベートな場所は自分でやったけど。
それから浴槽の縁にもたれかかって、怪我した左腕を湯につけないよう入浴する。
「結局何だったんだろうね」
「いつの世も馬鹿は一定数いるという証左じゃないでしょうか?」
説得力あるわー。
本当に。
「お兄様さえよければ射殺しますけど……」
「だからダメって言ってるでしょ」
「そんなに名無しが大事なんですか?」
「むしろ面倒事が嫌いなの」
「政治的には問題も発生しませんよ?」
「知ってるけど、そこは焦点じゃない」
たしかに諜報機関は政治と密着している。
有力な政治家とパイプを繋ぐのも加当の家の仕事と比例するのだ。
だからって尻ぬぐいをさせると借りが積み上がるだけだ。
お金を貰って諜報活動をしているのだから、背景はクリーンでないといけない。
「その辺は僕よりツナデの方が聡いでしょ?」
「そうですけど……」
許し難いものは許し難いようで。
「ま、縫合も必要なかったし。出血と呼べる血の量でもなかったしね。事実輸血もしていない。相手方は警察に引き取られて、責任は親へ。それだけでも政治的には報復を受けているようなものじゃないかな?」
「殺さないと気が済まないのですけど……」
「できればクリーンな手で居て欲しいよ」
「お兄様はズルいです」
「知ってる」
「ソレを分かって意図的にやっていることが尚ズルいです」
「ツナデが可愛い故だよ」
「本当ですか!?」
「嘘って言ったら怒る?」
「努力します!」
「じゃあ頑張って。名無しの犯罪は警察に任せるように」
「……はい」
仮にツナデに猫耳があればヘニョンと脱力していたところだろう。
チャプン。
湯船は温かい。
トライデントのおかげだ。
憂き世の垢を、落とす勢い。
「お兄様はどうしてそうも優しいのですか?」
「優しい? 僕が?」
少しキョトンとする。
謂われのない誹謗だ。
いや、誹謗じゃないけど。
「ナイフを持った相手に冷静に説得する。傷つけられても報復を考えない」
「警察の管轄だし」
「お兄様を見捨てたツナデを傍に置いてくださっています」
「愛しい妹だからね」
「なんで」
ギュッとツナデは僕に抱きついてきた。
おっぱいがフニュンと押し付けられる。
弾力があり、張りがある。
股間が膨張しそうになるけど、一応、手は打ってある。
さて、どうしたものか。
「お兄様はツナデを責めないのですね」
「あの時責めたでしょ?」
「けれど決意を後押ししてくれました」
「それは僕の問題じゃないかな」
「ズルいです……お兄様……こんなにも深い慕情を植え付けておきながら……自己責任を追及するなんて」
「それも今に始まった事じゃないけど」
「そうですけど……」
「本当に優しいなら甘い言葉を掛けてるよ」
「それは甘やかしているだけです。誠実とは程遠い……悪魔の方程式でしょう」
「それでも夢を見るくらいは許される」
「ですから夢に見るんです」
「僕のことを?」
「お兄様のことを」
後悔。
慚愧。
自責。
言葉にすればキリが無い。
それがツナデの僕への感情だった。
「可愛いツナデ」
片腕でギュッと抱き返す。
「見捨ててくれて良いんだよ?」
「フォトンがいるからですか?」
「それもある」
「リリア。イナフ。ウーニャー。フィリア。ジャンヌ。皆々お兄様の味方です」
「知ってる」
「ツナデだけの物では……お兄様はありません」
「それも事実だね」
「悔しいです」
「ツナデは何時でも僕のために心を砕くよね」
「自己保身が……ツナデの防衛機制ですから」
「言い訳に僕を使うと?」
「お兄様がツナデの全てで……逃げる場所です」
「そっか」
「ごめんなさい」
「謝るようなことは一つもないよ」
「でもお兄様を利用して使い捨てています」
「それはこっちの台詞だけどね」
実際に。
「あの図書館でのギャルっぽい奴が言ってたでしょ? 僕はツナデのヒモだ」
「いいえ。お兄様があればこそ」
「そこの差し違えがこの際の問題だよね」
「愛しています。お兄様」
「僕も大切には思っているよ」
乙女心の難儀さよ。
ギュッと更に強く抱きしめる。
おっぱいが僕の胸板に潰されて、自由自在に変形した。
いやまぁ男の子なので、その辺りは因業と言いますか……。




