032 図書館でのこと
「南無三」
席に腰掛け、勉強の勘所を取り戻す作業。
市立図書館で勉強という名の暇潰しをしていた。
ツナデも一緒だ。
ウーニャーは自宅待機。
別に連れても良いけど、ちょっと騒々しいので説得気味に自重してもらった次第。
ふいに、声が降りかかった。
女性のモノだ。
それも若いと言うより彩が付いている。
「あれ、ツナデじゃん?」
「……………………」
読書をしていたツナデが、声を遡行する。
僕も遡行した。
ちょっと派手目の女子が三人居た。
「久しぶりじゃん」
「ですね」
穏やかに笑って、ツナデが答える。
おそらくだが知り合いなのだろう。
僕はちょっと思いつかない。
向こうでの時間が濃密すぎて、こっちの人間関係に関しては絶望的かつレーテの下流に転がる小石だ。
「兄貴と一緒? 受ける~」
「どうも」
「元気してた?」
「ええ」
ツナデの声には彩が無い。
どうやら返事も億劫らしい。
表情がソレを示している。
けれどその無感情に女子らは気付いていないらしい。
「で、何してんの? 勉強?」
「兄はそうですね」
実際勉強している。
「ツナデは? 付き添い?」
「その様なもので」
「なんならあっしらと遊びに行かない? 兄貴なんて放っておいて」
「謹んでごめんなさい」
言葉は丁寧なのに口調が平坦だ。
別に責められることじゃないけど。
「何で学校辞めたん?」
「家庭の事情で」
「支払えない感じ?」
お金は唸るほど在るんだけどねぇ。
「奨学金とかどう?」
「借金しなくても市立図書館で勉強できますので」
「なになに? 本当に困ってる系? 大丈夫?」
「生きていくのに支障はありませんよ」
確かにね。
賑やかさで言えば、今の屋敷は寂しくない。
「兄貴さ~。妹助けろし」
「望むとおりにさせた結果だよ」
わりと破綻的な言葉が出た。
本意ではないにしても、どこか空虚な言葉だ。
「マジありえんし。可愛い妹の学費稼ごうとは思わないの? 良い大学に入れてやれよ。なに? もしかして妹のヒモ?」
「うわ。ありえな~」
「終わってるよね」
言いたい放題ですな。
けど的を射ている。
実際加当の仕事をしているのはツナデなので、働いていない分、僕がヒモであることは客観的にも事実百パーセントだ。
世の中ままならないね。
「ツナデいなくなって超寂しかったし」
「マジよコレ」
「美しい友情~」
よくもまぁ口から出任せを。
「かたいこと云わないでツナデも参加しない? プチ合コンやるんだけど?」
「チャラい男性は苦手なので」
「あー、わかる~」
わかるなら合コン行かなければ良いのに。
「でもさ。ここで兄貴と一緒に居てもつまらなくない?」
「…………どうでしょう」
お。
ちょっと不機嫌になった。
僕が軽んじられると、ツナデは甚だ危うくなる。
さっきから色のない声で兆候は見えたけど、不機嫌が燃焼し始める。
「本当に血ぃ繋がってんの? 兄貴、ツナデに釣り合ってないんだけど?」
血は繋がっておりません。
ぶっちゃけ養子みたいな物だ。
だから今の関係があるとも言えるけど。
人生万事塞翁が馬。
何にせよ、業の巡りと定めの根幹、糸となって紡がれることを人は営みと……そう呼ぶのだろう。
「あー、うん。こっち。市立図書館。じゃ~ね~」
とは三人娘の一人。
スマホで通話したらしい。
マナー違反。
僕は気にしないけどね。
スラスラと問題を解いていく。
答え合わせは後に一気にやるつもりだ。
まぁ普通だよね。
「こっち来る系? 勉強も大事だけど青春も大事よ?」
「お邪魔は出来ませんよ」
人当たりの良い顔で、済ましながら拒絶。
「あんさー」
少しかしまし娘の目が切れる。
暖簾に釘。
柳に腕押し。
糠に風。
そんな様子のツナデが気にくわないらしい。
少しリキの入った言葉が出る。
「もしかして軽んじてる? あっしらと遊びたくないとか?」
「時間が合えば、また今度」
サラリと澄まして、言葉を紡ぐ愛妹。
まぁこの度胸は正義超人すら光速の彼方に放逐するほどの超重力だ。
手を突っ込むのは良いけど、何に手を突っ込んでいるかは聡く察して欲しい……が僕の正直に思うところ。




