015 刻苦勉励も一つの道
「むー」
物理学の教科書を読みながら、僕は唸っていた。
別にとけないわけじゃ無いけど、時折研鑽ミスをする。
理解して、なお間違っている……というのは、何処か容認しがたく。
「何をされているので?」
女子の声。
「お勉強」
「勉強ですか」
ジャンヌが話しかけてきた。
鮮やか赤色の髪。
深紅ともとれる。
「なんの学門を?」
「物理」
「ぶつり……」
たしかに聞き馴染みはないだろう。
「世界法則を解き明かす……一種の手段。ま、物理学そのものはもっと遠大なんだけど……高校物理程度ならニュートンさんのレベルかな?」
「?」
そうなるよね。
「ほい。これが入門書」
資料を渡す。
僕はノートの筆記に集中した。
計算違いの場を見繕って、正答に辿り着く。
「難しいですね」
「事前情報がないからね」
「事前情報ですか?」
「千里の道も一歩から。まずもって数学を理解し得ないと、物理学は修められないから。多分中学レベルの数学でも難しいはずだよ。異世界ヒロインズたちは」
「ふむ」
ピッと指差す。
テレビゲームをしているウーニャー。
「アレが、その物理学から派生した工学の結果」
「科学技術……でしたっけ?」
「そ。科学。化学と物理学による文明の発展」
「にゃあ」
そんなものさ。
「で、電子銃についてなんだけど、ちょっと計算違いなところがあって。苦手な分野って言われると、返す言葉もないんだけど」
理解はしているつもりなんだけど。
「難しいんですね」
「これで一般教養だからね」
専門家は遥か先を行っている。
ま、魔術の使えないこの世界では、科学技術が代替する。
「私も習えますか?」
「別にススメはしないけど、やりたいなら資料を読んで」
中学の数学を渡す。
「マイナス……」
其処からだよね。
「引き算と一緒だよ。単純に事前処置としてマイナスが整数の反対だってだけでね……。いや小数点を含めれば整数だけの反対じゃないか」
「む~」
ジャンヌは理解をしようと資料を睨み付ける。
「ま、頑張って」
「むぐ~」
僕は物理に意識を割く。
「お兄様」
ルンと弾む声。
「お勉強は出来てますか?」
「そこそこに」
「大学は?」
「ツナデと一緒なら入る」
「いやん」
乙女のクネクネ。
ちょっとキモい。
「で、要件は?」
「お昼の要望を聞きたく存じます」
「ペペロンチーノ」
「承りました」
承られちゃったかぁ。
南無。
「では買い出しに」
「僕が行こうか?」
「お兄様は勉強に励んでください」
「そう仰るなら」
「では失礼をば」
パタパタと消えていくツナデ。
「こちらの調理室は物が整っていますね」
「システムキッチン。科学技術」
「火が無いのにお湯が沸きますし」
分子運動の加速ね。
「水蒸気で焼くって言うのも不思議です。言ってしまえば水ですよね? ずぶ濡れにならないんですか?」
「最初から最後まで水だからね」
サラリと僕。
そんなわけで、サラサラと問題を解く。
「中々に生きがたい文明で」
「向こうの世界より便利でしょ?」
「憶えることが多すぎます」
「あー、たしかに」
それはまぁ異世界から跳んでくれば。
何も知らない真っ白な状態なのだ。
まだ小学生の方が文明に馴染んでいる。
「ま、飽きたらテレビゲームでもしていなさい」
「マサムネ様はしないので?」
「勉強の方が面白いしね」
「学者ですか」
「然程大層なモノでもないよ。単に知識欲の比重が偏っているだけ。何をしても未知を味わえるなら、先達の知識を追うのも一つの楽しみ……と、そういう故に」
「業が深いと申すべきですか?」
「それはそちらに任せるよ」
コツンとシャーペンで机を叩いた。
クルリと回す。
「器用ですね」
「ペン回しは学生の基本だし」
異議反論は受け付けません。




