008 立ち合い
「にゃむ」
僕はツナデと対峙していた。
訓練場でのこと。
どちらもが胴着だ。
タン、と自然に僕は地を蹴った。
間合いが詰まる。
正拳。
受け止められる。
合気。
気の流れが読まれていた。
叩き伏せられようとしている肉体を形而上形而下問わず鼓舞して、その威力に懸命に抗おうと膂力を発揮する。
「倒れませんか」
「さすがにね」
足払い。
ツナデは跳んだ。
僕の手を握ったまま。
合気を送り込みながら着地。
合気に抗っていた僕を見据え、崩拳を放つ。
僕の腕が阻む。
ギシィ。
肉体に有り得ざる音が鳴いた。
単純な力では僕が上だ。
けれどツナデの技術は、ソレを補って余りある。
蛇のように、崩拳の腕が絡みつく。
僕は筋肉を膨張させてソレに抗った。
「お兄様。鍛えすぎです」
「筋肉は裏切らないからね」
色んな意味で。
回転。
回し蹴り。
「――――っ!」
腕を盾に、押さえ込む。
その力が漏れて、弾き飛ばした。
「――――――――」
弾き飛ばされるツナデ。
「大丈夫?」
「この程度は」
胴着を着直す。
「このくらいにしておく?」
「お兄様は強いですね」
「それなり……だけど」
「愚父と愚兄の前ではツナデに本気を出せませんでしたから。ツナデの……というより加当の御家の名に傷が付くのを畏れたのでしょう?」
「確かにソレも一理ある」
実際問題として……妾が浮気で作った子どもが、正当な血を受け継ぐ兄妹らにあまりに勝るとなれば、義父としても面白くはないでしょうぞ。
「もう一勝負。宜しいですか?」
「構わないよ」
そんなわけで相手続行。
ヒュッ。
ツナデの呼気が聞こえた。
胸元から。
一瞬で間合いに入っている。
心臓打ち。
スルリと避ける。
側面の心臓打ちを肘で弾く。
胴着の胸元を握る。
「――――――――」
そこに柔術が掛けられた。
うわお。
そこまでのレベルか……!
ツナデの胸元に飛び込む。
正確には引っ張られる。
「一勝もらいます」
甘いけどね。
パッと胴着を離して、柔術の範囲から逃れる。
ついで逆の手で、寸勁を打ち込んだ。
「――――――――」
一瞬で引かれた。
身体ごと。
「おおう」
その判断は適切で、だからこそ驚愕に値する。
躱せるタイミングではなかったはずだ。
それを躱したツナデが「何者為るや?」って話で。
ま、いっか。
更に間合いを詰める。
ヒュンと唸ったのは蛇のような殴打。
こちらの攻撃だ。
「く――!」
躱せる体でもない。
一瞬の動揺。
そこで僕の腕はピタッと止まった。
「…………?」
「女体に紅葉を作るのはね」
ソレが理由だった。
「紳士ですね」
そーかなー?
「そんなお兄様が大好きです」
「恐悦至極に存じます」
他に言い様もなかったろう。
「それで今日の朝食は?」
「フレンチトーストとコンソメスープです」
「美味しそうだね」
「期待していてください」
「ヒモだなぁ」
「お兄様を養うのも義妹の義務ですので」
どこのマンガで読んだのかな?
少し気になる。
「なのでいっぱい甘えてください」
「そうするよ」
他に述べようもないけども。
「妹のヒモで、ついでにウーニャーのパパか。ていうかアイツらの書類上の戸籍ってどうなるのかな?」
「はて?」
ツナデも知らないらしい。