剣の国02
多量の情報が、津波となって襲ってくる。
宇宙の隅っこ……銀河の田舎……太陽系のちっぽけな地球を支配する神。
当然ながら地球の大気濃度は変わっていないし、宇宙に於ける立ち位置……即ち慣性の法則も失ってはいない。
人間の機能にも変化が無いため、酸素を吸って食事をし、熱エネルギーを生む事で生きているという通念はそのまま。
生命の理由はこの際隅に置いても、基本的に地球の運営に於いて、大まかな下地は元の世界と変わりはない。
デミウルゴスが変えたのは、人の記憶と営みだけ。
プランク定数も、重力値も、エントロピーの推移も、そのまま。
であれば、僕の情報処理は、正常に機能した。
「ふわ……」
とは誰の声か。
僕では無い。
なら引き算。
デミウルゴスだ。
人と神の対話。
そを実現するのが偽神裁判である。
「お目に掛かりますデミウルゴス陛下。とりあえず以降は敬意を取り払いますが」
僕は慇懃に一礼した。
「えと……」
とデミウルゴスの困惑。
「君の名は?」
「マサムネ……だね」
「マサムネ……。マサムネは当方を理解できるの?」
「ある種デミウルゴス以上にね」
苦笑。
「当方以上に……」
「ええ」
首肯する。
「マサムネは、どうしてこちらの認識に対応できるの?」
「誰だって出来るよ」
事実だ。
「実のところ、人の脳って奴は、上手く使ってやればそこらのスパコンより高性能なの。じゃあ何で人の判断が安直になるかってーと……」
肩をすくめる
「インプットの手段が、五感しか無いからなんだよ」
「?」
「要するに怠け根性が身についているから、一般人は脳の情報処理の精度が低いだけで……やろうと思えば誰だって出来る」
「そなの?」
「ええ」
頷いて僕は話を進める。
「で、殺すの? 握った剣で」
言われて自身の手を見れば、そこには偽神裁判が握られていた。
僕は放り投げる。
「殺さないよ」
吐き捨てる。
「では?」
「神様の知性にクラッキングする」
「クラッキング?」
エルフ魔術について、説明する義理も無いだろう。
全ては形而上の世界だ。
オーラを広げる。
ちっぽけな星の皮一枚……成層圏だけを管理に置いているデミウルゴスの脳に侵入した。
データとして落とし込み、理解。
後の書き込み。
遁術とは、そもそもオーラによるクオリアのクラッキングだ。
そしてデミウルゴスは知性を持っている。
幼知万能。
天使が知性を持たないのは、体に於ける手足が脳を持たない事と変わらない。
天使がデミウルゴスの触覚である以上、脳の在処はデミウルゴスに帰結する。
そしてそのデミウルゴスの知性に、オーラで干渉。
結果としてクラッキングをする。
デミウルゴスが世界を造り替えたのは、巫女という基準あっての物。
天使にしろ魔術にしろ、そこにデミウルゴスの意が無い。
これは確実だ。
説明すると、
「どういうこと……?」
デミウルゴスは首を傾げる。
「要するにデミウルゴスは知性を持ってはいても、そこから先が無い」
「先?」
「自己同一性」
結局そう言う事だ。
人間を理解する上で、取捨選択と言う事を、デミウルゴスはしない。
天使は能動的な人間理解。
魔術は受動的な人間理解。
巫女はそう言った。
間違いでは無い。
あくまで、
「データ採取」
という意味では。
なるほど疑似人間である天使による干渉は、能動的な人間理解だろう。
なるほど世界宣言に対する応対は、受動的な人間理解だろう。
が、それはスパコンがデータを演算する事と相違ない。
自身が選んで叶えているのでは無い。
子どもが他人を見て情報を取り入れるだけ。
人間なら、自己同一性が成長と共に発達するため問題ないのだが、デミウルゴスにコレは適応されない。
ただただ……幼い。
故に、幾ら情報を取り入れても、当人の成長が無い。
神というシステムには、自己同一性が欠けているのだ。
「さて」
故に知性の情報を把握して書き換え。
結果としてデミウルゴスの知性に、自己同一性を与える。
要するに大人にするのだ。