鉄の国23
とうとう九十階層。
とりあえず切りが良いので今日はここまで。
九十一階層から白金のオレイカルコス採取に乗り出せるはずだけど……まぁ後ででも良いよね。
そんなわけで夜。
明かりもどこか虚しくぼんやりと。
とはいっても日の光じゃないんだけど。
まぁ昼は眩しいくらいなので十全に夜と言えた。
星も見えないけど。
市場は無く、こっちの世界でも最強に位置する冒険者のパーティが二組居るのみ。
僕らを含めて九十階層に辿り着いているのは現時点で三組と云うことになる。
当然目的も同じであれば、先に来たパーティのクエストが優先される。
別に誰が白金のオレイカルコスを採取しようが知ったこっちゃなかったけど。
寝袋も持っていないので原っぱに寝転んだ。
睡眠を取る……つもりで目が冴えた。
しょうがないので薬効煙に火を点けて無聊を慰める。
フォトンもウーニャーも寝ている。
「お兄様……お眠りなさらないのですか?」
「眠くなったら寝るよ」
ツナデの問いにそっけなく言った。
「では少し話をしませんか?」
「いいけど」
ツナデは起き上がると僕に寄り添った。
「久しぶりにツナデだけのお兄様です」
「寂しかった?」
「それはもう」
「ごめん」
僕はフーッと煙を吐く。
「お兄様……」
「何でがしょ?」
「ツナデと子を為してください」
却下。
「お兄様がフォトンに付き添う必要はないじゃないですか。フォトンが探しているのはシリアルキラーなのでしょう? お兄様の身が危ぶむのには賛成できません」
まぁねぇ。
「だからツナデと何処かに逃げて……穏やかに刻を過ごしましょう?」
ふむ。
【→ 僕は「ごめん」と言った】
【 僕は「それで」と言った】
「ごめん……」
それだけ。
「ツナデでは……お兄様に足りませんか……?」
「うん」
簡潔極まる……それは拒絶。
「お兄様はツナデを好きでいてくれているのではなかったのですか?」
「好意的には思ってる」
ただ……。
「異世界に来てツナデに好き好き言われてきた。僕が別の女の子と仲良くしていると嫉妬するツナデが可愛かった」
それは確かだ。
「ツナデは魅力的で優しかったよ」
「お兄様にだけです……」
「うん」
煙を吸って吐く。
「優しくされればされるほどツナデは本当に優しい子だと実感できた。真摯に僕を想ってくれる。真剣に僕を慕ってくれる」
「ツナデにとってお兄様は理想の男性です故」
「ありがとう。けど……こうも思ったんだ。『じゃあ何で元の世界と異世界でツナデの優しさにコレ程のギャップが有るのか』……なんてね」
痛いところを突かれた。
ツナデの表情がそう語る。
「ツナデは元の世界では僕の唯一の味方だった。けれど良く思い返してみるとツナデが僕に愛を注ぐのは……何時だって義父の居ないとき。何処だって義父の目が届かないところ」
「それは……っ」
煙を吸って吐く。
「結局さ。ツナデの好意は世間体と釣り合いが取れる程度のモノなんだよ。都合の悪い監視がある時は加当の仕来りに従って僕を見下す。心情の問題を排除すればね」
「加当においてツナデがお兄様の味方をすれば……っ」
「結果として加当における僕の立場が相対的に弱くなる。うん。その通り。それが駄目じゃないし優しさの一形態には違いないんだけど……フォトンの真っ直ぐさがツナデには無い」
「フォトンが……好きなんですか?」
「言ってしまえばね」
残酷な台詞をサラリと吐く。
中々悪役じゃないか僕は。
「ですから此処でなら百パーセントお兄様を愛せます! 邪魔する父も兄もおりません!」
「仮に居たら?」
「っ!」
「ありがとね」
僕はツナデを抱きしめた。
「ツナデが居たから……僕は人間として人格を形成できた……。ツナデの優しさが……色眼鏡越しの世界に光を通してくれた……」
「お兄様……愛しています……! どうか……どうか見捨てないで……!」
「闇を以て命ず」
「お兄様!」
「空間破却」
空間破壊性結果論転移。
僕はツナデを地上まで転移させた。
残ったのは……双眸から零れた涙だけ。
「起きてるでしょ?」
薬効煙を吸いながらボソリと夜気に声を掛ける。
「バレてます?」
「まぁ大凡は」
原っぱに寝転んだまま目を開いて僕を見やるフォトン。
「勿体ないことをしますね」
「心底から同意するよ」
ツナデの恋慕自体は純粋なソレだ。
真摯に真剣に僕を愛してくれた。
だから僕は今此処に立っているのだから。
世間体がどうのとは言ったけど、加当の目が無いところでは本当にツナデは優しかった。
紛う事なき慕情……それは黄金よりも白金のオレイカルコスよりも貴重な輝き。
「マサムネ様は……その……私が好きなんですか?」
「うん。迷惑を承知で」
「あう……」
赤面するフォトンは可愛かった。