鉄の国15
三十五階層のボスエリアの前。
薬効煙を吸いながら僕はボーッとしていた。
オーラで既に確認している。
ミノタウロス。
それがボスモンスターだ。
まぁいいんだけど。
既に同種別個体には相対している。
さして労力も無く倒せたから此度に於いてもあまり危機感や覚悟の類は発露したり抱え込んだりする気もなかった。
プカプカ。
ボスエリア前で列をなしている冒険者は戦士や魔術師の典型だった。
戦士の練度は確かな物がある。
魔術師の方は(別に確かめられないこともないが)不透明であるけど、パーティに配属されて三十五階層まで来るのだからそれなりの戦力なのだろう。
僕らは悪目立ちしていた。
コレに関しては今更なので割愛。
ただフォトンにしろツナデにしろ一級の美少女だ。
なお若い。
アマゾネスのような強面美女でも無く、
「ドレスを着てダンスを披露した方が有意義」
な女子。
戦闘に於ける能力を外見からは逆算できない。
既に拳銃については少し話されている物の、それが化学反応を起こすには噂の根拠が足りていなかった。
結果、
「大丈夫か?」
と親切な冒険者が尋ねてきた。
「何がでしょう?」
とツナデ。
意味不明。
まぁそうには違いない。
「いや、武器も鎧も無くミノタウロスに挑むつもりか」
「ですけど」
暗に、
「それがどうした」
という天の川銀河最強の言葉を放つ。
「むぅ」
こちらを見やって検分。
「まぁこの階層まで来るくらいだから腕は有るんだろうが……」
雰囲気がソレに追いついていない。
要するにそう言うこと。
「まぁ死んだら死んだまでですし」
フォトンが苦笑いしながら言った。
誰に対する皮肉か。
少なくとも目の前の冒険者では無いだろう。
「言っとくが此処のボスは強いぞ?」
「はあ」
「ですか」
フォトンとツナデはぼんやり。
「ウーニャー」
ウーニャーは僕の頭を尻尾でペシペシ。
「まぁお前さんらが良いなら良いんだ。余計な気遣いだったな」
「お気持ちだけ」
「ええ。心配だけ」
とりあえず義理程度に答える二人。
それから冒険者はボスエリアに吸い込まれた。
一時待機。
次は僕らの番だ。
重々しい扉を開く。
「頑張れよ」
とか、
「死ぬなよ」
などと後ろの列の冒険者が激励をくれた。
ここで死ぬ気も無いから答えるほどでもないけど。
扉が閉まるとミノタウロスが咆哮を上げる。
筋肉ムキムキ。
腰蓑一枚。
威力的にも情事的にも危ない格好をしていた。
「ウーニャー?」
僕は頭上のウーニャーをフォトンの頭上に移し替える。
「さて、じゃ、やりますか」
武威を発する。
「――――」
吠えるミノタウロス。
縮地。
一瞬で僕は間合いに入った。
タタンとステップの音。
そこから発せられる肘打ちがミノタウロスの腹部へ。
ミノタウロスの腕が掲げられ、振り下ろされる……も僕は半身ずらして避ける。
身長差を利用して腕を蹴り頭部へ……そして素手で瞳を潰す。
苦痛の咆吼は無視だ。
「疾!」
頭部に回転蹴りを喰らわせる。
倒れたミノタウロスに追い打ち……落下に合わせて喉に足刀を突きつける。
二度、三度、そして掌底……狙いは肺。
「――――」
呼気を逆流させるミノタウロスさん。
同情しようにもモンスターの気心知れず。
次なる一手は合気だった。
立ち上がって拳を振るうミノタウロスを翻弄し、気を同一せしめ叩き崩す。
「まぁ運が悪かったと思いねぇ」
分厚い筋肉を纏っている心臓に掌底。
さらに逆の手で掌底。
心臓重ね打ち。
鎧を貫通して甲冑武者の心臓を止める御業……鎧貫きだ。
この程度は基礎教養。
ドクンとミノタウロスの心臓が打つ。
死に間際の咆吼代わりだろう。
「ウーニャー」
「ウーニャー!」
それだけで伝わったらしい。
僕がボスから離れると次いでレインボーブレスがソを滅却する。
「何だかなぁ」
白州三百人力。
こちらは素手でようやっとミノタウロスを制し得るのに、ウーニャーのブレスはその上を易々と飛び越える。
とりえず薬効煙を味わって彼我の戦力差に絶望する僕だった。