武の国26
そんなわけで準決勝。
毒盛り侍と対峙する僕だった。
リミッターは既に解除している。
先の件はあるけど、それでも大鬼殺しが見栄や伊達で得られるモノでは無いことも十二分に承知だ。
「なぁ」
と毒盛り侍。
「なんでしょ?」
「負けてくれないか?」
「嫌」
爽やかに笑ってあげた。
返答までコンマ単位。
ちなみにどういう処置になったかというと、毒を盛った団子茶屋ならびに侍は、
「とりあえず御前試合を終えるまでは盛り上がりも必要なので不問に付す」
ということになった。
要するに御前試合さえ終われば介錯の対象と言うことだ。
「妥当だろう」
と僕は言った。
では毒盛り侍は死ぬのが確定したかと言えばそうでもない。
御前試合で優勝して特権を用いることで恩赦が降りる仕組み。
逆に負けた時点で首が胴から離れる。
自業自得とは正にこの事。
恩赦の可能性があるだけむしろ救いはある。
そんなわけで試合開始。
毒盛り侍は野太刀を持っていた。
こちらと同じだ。
間合いが潰れるのは現実時間で一瞬。
刺突。
対する僕も刺突。
思考加速と肉体リミッターの解除によって人外の演算能力を持ち、刺突に刺突を重ねた。
「っ?」
困惑一瞬、怪我一時。
ヒュイッと僕の野太刀が蛇のように毒盛り侍の野太刀に絡みつく。
巻き技。
無論、通じるはずもないけど。
仮にも大鬼殺しだ。
相応の剣の握りはある。
僕の狙いは波剣。
身体で練った勁を剣に伝え、波を対象にぶつける拳法。
メシィと音がして敵方の野太刀が粉砕される。
「!」
が、折れた野太刀を持って毒盛り侍は襲いかかってきた。
まぁ負けを認めるか戦闘が続行不能にならない限り試合は続く。
折れた木刀を構えて襲いかかってくるけど遅い。
大体日常の二倍程度に能力を解放している。
そしてそれに追いついていない。
加速する思考は明敏に獲物を捉える。
波剣を袈裟で振るう。
体を半身捻って躱される。
同時に刺突が来た。
粉砕された木刀の、折れてギザギザになった崩壊面。
それが僕の喉に襲いかかる。
僕はソレを左手で掴んで止めた。
同時に右手が毒盛り侍の脇腹に突き刺さった。
「っ?」
何度目の困惑か。
既に袈裟切りを避けられた瞬間に僕は野太刀を手放していたのだ。
こんな近接距離では邪魔以外の何物でもない。
浸透する勁。
伝達する波。
局所的に内蔵を破壊する。
「がっ!」
と血を吐く行動こそ隙だらけだ。
毒盛り侍の喉に手を添える。
頸動脈を締め付けた。
「が……あ……!」
呼吸以上に血流が止められる。
大動脈の一つ。
当然ながら脳への酸素供給が止まるため、数十秒もあれば意識を手放す。
その間首を絞められながら反撃する毒盛り侍だったけど、気も型も無い抵抗は僕には一切通じない。
痛くないわけじゃないけどねん。
膂力を持って首を絞めると同時に、
「……ふむ」
思考加速を解く。
頸動脈を塞いでの数十秒は思考加速下では長すぎる。
んで、
「…………」
毒盛り侍は沈黙した。
手を離す。
ばったりと地に倒れる。
野太刀を拾ってツンツンと気絶した毒盛り侍をつつく。
返事無し。
審判に肩をすくめてみせる。
とりあえず僕の勝ちだ。
「――――!」
ワッと観客はざわめいた。
百人切りの噂も手伝って、大鬼殺しの階位に相応しい。
そんな感じ。
「さほどでもないんだけどね」
苦笑するほか無い。
毒盛り侍の未来についてはご愁傷様だけど、元より人命はさほど重要なモノでは無いだろう。
医者だって病人だからこそ優しく接するのであって、元気百倍の人間を気に掛けるようには出来ていない。
結局、優しさには条件が必要と云うことだ。
今回はその優しさの条件に当てはまらないと言うことで一つ。
どうにでもなーれ。