武の国23
とりあえず陣が張られ、その四角形の陣の端に僕は座っていた。
対称的な位置に武士が一人。
御前試合の相手だ。
時刻は茶の時間。
何時もなら茶屋で一服するところだ。
別にいいんだけどね。
僕は木製の野太刀を手に取っていた。
相手は木刀だ。
リーチはこっちが勝っている。
代わりに得物の短さ故に取り回しは向こうが上だろう。
なお肉体は修練の果てだ。
玉を磨いたような体つきをオーラで察してはいる。
人外。
そう呼んでいい身体能力。
「なるほど」
と思う。
大鬼殺しは伊達では無いらしい。
深淵を覗けば深淵もまた覗き返す。
鬼を討伐するのなら、なお自身も鬼と化す。
そういう事なのだろう。
あるいはそれを、
「修羅」
と表現するのかも知れなかった。
他人のことは言えないけど。
業が深いのはこっちも同じ。
その上でどう相対するかという問題だ。
ぶっちゃけた話リミッターを外すのが大前提。
前代未聞ではあるけど、オーラで検分するに並大抵の相手じゃない。
「…………」
掌を握って開く。
肉体に不備はない。
都合は良く、なお遅れも感じない。
「ふむ」
そして木刀を握る。
それは相手も同じだった。
座っていた椅子から立ち上がる。
相手も以下略。
「「「「「――――!」」」」」
ワッとざわめく衆人環視。
武士の頂点を極める戦いだ。
そりゃ噂にもなるし一見しようとする人間も出る。
そもそも織姫の御前試合であるため今更だ。
人の目のあるところで剣を振るう。
僕のタチでないけどこれもまた浮世の成れの果て。
嘆息。
木刀を構える。
敵の武士もまた。
そして試合進行が戦いを促す。
「両者宜しいか?」
無言で頷く。
「では始め!」
合図は簡略。
ドクンと僕の中の血管が脈打った。
思考加速。
世界がゆっくりと動く。
明晰なクオリアが情報の演算に集中した結果だ。
相手方が踏み込んできた。
速度は超高速。
なるほど大鬼を弑できるわけである。
横薙ぎ。
「…………」
僕は無言で剣を受け止める。
クンと敵方の剣が跳ねた。
袈裟切り。
身を低くして避ける。
同時に斬撃。
予測していたのだろう。
身を引いて躱す武士。
それにしても舌を巻く。
僕にリミッターを外させる能力。
実に魔術と遁術を封じられたとは云え……積極的に体術を行使するのは異世界で初めてではなかろうか。
光の国の暴虐?
アレは士気を挫くための必要処置だ。
「やるな若いの」
武士はこっちより年上だ。
その上で年齢的に未熟な僕が大鬼殺しの剣についていっているのだから敵方としては驚愕にも値するだろう。
驚いてるのはこっちの方だけど。
トントンとリズムを付ける。
丹田にて勁を練り、勁を以て波に変える。
波剣。
剣を拳の延長とする技術。
「では仕切り直して……」
武士は云った。
「再度参る!」
速度は申し分ない。
が、対応できない速度でもない。
先と同じ横薙ぎの一撃。
ただ受け止めるこっちの剣には勁が練られていた。
周波数を合わせる。
身体の波動が剣に伝わり、剣の波動が敵の剣に伝わる。
結果、
「な――!」
敵方の木刀は粉々に砕け散った。
動揺しているところに足刀で鳩尾を穿つ。
呼気を逆流させて苦しむ武士。
蹲る武士の頭をトントンと優しく木刀で小突いて僕は言う。
「まだやる?」