武の国18
「疾!」
「はあ」
ポヤッと対応。
間合いは一瞬で詰まる。
体重の置き方から蹴りはない。
必然手刀が襲ってくる。
触れるか触れないかで少し退く。
ブレーキと一緒だ。
急ブレーキを掛ければ慣性の法則が襲ってくる。
故に段階的に少しずつスピードを受け止める。
逆方向の例を出すならロケットの噴射とも言えるね。
何事も段階的に。
丁々発止。
丁々発止。
「はっ!」
懐に潜り込んでくるイナフ。
独楽のような回転に零距離の肘。
狙いは鳩尾。
その速度は常人では見切れないだろう。
なお零距離にあって速度のキレが落ちない。
見事な一撃だった。
当たればね。
襲う肘鉄は僕の膝蹴りで上方へと修正される。
多段的に姿勢を上げたところで膝蹴りから上段蹴りに展開。
ピタッと足刀がイナフの頭部側面に突きつけられる。
「参りました」
気を抜くイナフだった。
「ふむ」
と武士さんが思案した。
「マサムネ様は無手の方が強くおありで?」
「どちらかと云えば得物を選ばないが正確かな?」
とりあえず何を持ってもそれなりに戦える。
慣れで云えば無手、短刀、野太刀の順。
「私と立ち合ってみませんか?」
「いいけどメリットがないなぁ」
本音だ。
「百人切りの手見せをご教授願えれば……と」
「そっちの階位は」
「一応中鬼殺しです」
腰に差した鞘からスラリと刀を抜かれる。
「一応ね」
しぶしぶ僕も刀を抜いた。
腰の野太刀だ。
「では、参ります」
踏み出しは一瞬。
勢圏の重なりも一瞬。
一瞬こっちが速い。
というのも野太刀であるためリーチ差だ。
斬撃。
刀で受けられる。
と、次の瞬間に武士が更に加速。
「っ!」
反射的に思考のリミッターを少し外してしまった。
警戒と演算。
予測と対応。
世界がゆっくりと認識さるる。
結果を弾き出す超演算。
二回のフェイントの後の本命。
二度野太刀を振るって音を鳴らし、本命の斬撃を体術で避ける。
急激な低姿勢。
「っ?」
武士は困惑していた。
そこから更に八文字の唐竹割りが武士を襲う。
意識が野太刀に向けられた瞬間に、僕はそれを手放す。
判断自体は一瞬だ。
僕の意識下では違うけど。
刀を横に構えて野太刀を防ぐ。
代わりに足場を失った。
僕の足払い。
一応肉体の方はリミッターを外していない。
けどまぁこんなものだろう。
倒れ込む武士を見ながらオーラで知覚している手放した野太刀の柄を握った。
ザクッと。
倒れ込んだ武士の首元すれすれの地面に野太刀を指す。
要するに、
「やろうと思えば首を断てた」
という宣言だ。
武士は目をパチクリさせた後、
「魔術ですか?」
と尋ねてきた。
「何を以て?」
「途中からいきなり肉体運用の効率が上がりましたよね?」
バレていた。
「僕は思考加速って呼んでるんだけど……少し人と違う性能を持って生まれてね」
「こちらの二度のフェイントを完全に予測為されました。思考加速ですか。これでも大鬼殺しの影を踏んでいると自負していたのですが」
「まぁ僕からリミッターを外させたのは自慢して良いんじゃない?」
野太刀を鞘に戻しながら皮肉った。
「判断にリミッターが」
「肉体性能にもあるけどね」
「ちなみにどれほど?」
「秘密。不意を突くのも戦術の内だから」
「逆説的に肉体のリミッターを外すほどでは無かった……と」
「精進なさってください」
慇懃に一礼する。
「マサムネ様なら……あるいは天に届くのではないでしょうか……」
「空は飛べないけどなぁ」
そういう意味じゃないのは知ってるけどね。
「制限を設けてこれならば……なるほど大鬼殺しにも匹敵するでしょう」
「そんなに人外なの?」
「マサムネ様を祝福する程度には」
嫌な逆説だ。