魔の国08
「ところで今まで聞かなかったけどさ……」
僕はポツリと言葉を紡ぐ。
場所は馬車の車上。
オルトヴィーンを表す十字円の模様のついた豪奢な馬車だ。
しかも護衛つき。
車上の旅ももう七日目。
もうすぐ魔の国の王都につくかという頃合い。
途中オーラで山賊を認識していたが、山賊たちは十字円を見るなり足をすくませるのだった。
それほどまでにオルトの爺さんの威光が恐いらしい。
そんなわけで……何の痛痒もなく王都へと辿り着こうとした頃合いで、僕はフォトンに問うた。
「フォトンの追っている魔術師って一体誰?」
「…………」
虫歯が痛むような表情をした後、
「ブラッディレイン……って言ってわかりますか?」
フォトンに問い返された。
「血の雨って意味?」
「そうですが……」
「知らないけど」
「ですよね」
フォトンは苦笑した。
その表情の意味を僕はまだ知らない。
「ブラッディレイン……それは私の追っている魔術師の二つ名です」
「二つ名……」
「はい」
ふと空を見る。
曇天模様だ。
雨でも降るのか……と思っていたら本当に降ってきた。
最初はポツリポツリと、そして最終的にザーザーと。
豪雨というほどでもないけど傘無しには歩きたくない。
そんな雨模様だった。
「ところでこっちの世界に台風はある?」
「ありますけど……何か?」
「何でもない。閑話休題。で……その魔術師の名は?」
「ラセン……と言います」
ラセン。
そしてフォトンはポツリポツリと語っていく。
「ラセンは私の魔術の師匠です」
「魔術をラセンに習ったの?」
「はい。とは言っても下手に習えば下手がうつると言いますか……とにかく強力な魔術しか覚えられませんでしたけど……」
「もしかしてラセンもドッカンターボ?」
「どっかんたーぼ?」
「つまり渾身の魔術しか使えないの?」
「いえ、それは私の特性です。ラセンはちゃんと魔術をコントロールできます」
「君がぶきっちょなだけ……と?」
「恥ずかしながら」
えへへとフォトンは誤魔化し笑いをする。
「それで? そのラセンっていう魔術師がフォトンに無限復元の魔術をかけた……と?」
「そういうことです」
「ちなみに当の本人も無限復元を持っているって話だったよね?」
「はい」
フォトンは頷く。
「ですから焦ってはいません。大陸を歩いて回ればいつかラセンと出会えます故」
「自分で無限復元を解くことはできないの?」
「不可能です」
きっぱりと言い切るね。
「大魔術には例外なくデミウルゴスリミッターがかかります。それを克服できるものしか大魔術は使えません。私ほどのキャパシティをもってしても無限復元の呪いを解くのは無理なんです。であるからこそ私はラセンを必要とするのですから」
「……えーと……ちょっと待って……」
今……こやつ何て言った?
「デミウルゴスリミッター?」
「はい。そういえば言ってませんでしたね。大神デミウルゴスの律する世界で、世界に命ずる魔術は時折デミウルゴスリミッターがかかるんです」
「そこは重要じゃない。それより大神デミウルゴスって言ったよね?」
「はい」
「もしかしてこちらではデミウルゴスって神が信仰されているの?」
「そうですけど……変ですか?」
「変か変じゃないかは置いといて……僕の世界では邪教だね」
「ですか」
「閑話休題。で、ラセンは何でブラッディレインって呼ばれているの?」
「その残忍さ故です」
「悪人ってこと?」
「はい。見た人間を殺さねば気の済まない人格……いえ、欲求を持っているんです」
「殺人鬼……」
「そう言っていいかと。故についた二つ名がブラッディレイン。街一つの人間を殺し尽くしたことさえあります」
「賞金首になったりしないの?」
「当然賞金首です。ただしラセンによって死に至った人間はいません」
「は? 人を殺しているのに?」
「無限復元……」
あ、なるほど……。
「つまりラセンは殺した人間を無限復元で生き返らせていると……」
「はい」
「キャッチアンドリリースだね」
「その表現はいささか不満ですがその通りです」
「で、そんな殺人狂から無限復元の魔術……この場合は呪いか……を解いてもらおうと」
「そういうことです」
フォトンは頷く。
「無限復元を持った人間しかラセンに話しかけられるモノはいませんから」
「でもそれで無限復元を失ったらフォトンは殺されるんじゃないの?」
「それもまた一興かと」
「そこまでして死にたいの?」
「はい。それはもう……」
フォトンは静々とそう言った。
僕にはわからない価値観だ。
わかる必要もないのだろうけど。