鬼の国16
「んーと」
フィリアがトライデントを振るう。
ウォーターカッターが射出され、筋肉ダルマを一薙ぎする。
「ご縁はありませんが……」
反対ではジャンヌが灼熱の炎で鬼を焼き滅ぼしていた。
圧倒的熱量。
圧倒的火炎。
酸素と結合することで物質はほころびる。
故に灼熱は攻撃の一手段なのだが。
「ウーニャー!」
ウーニャーもドラゴンブレスを吐いた。
とりあえず誰彼巻き込まない限りにおいては、
「吐いていい」
と申しつけている。
ツナデの銃撃。
イナフの遁術。
僕とフォトンは中央で待機ならびに指示と休憩。
そしてもう一人。
「…………あう……」
リリアが居た。
愛らしい顔が残念にも真っ青になっており縦筋を引いている。
絶望に取り憑かれているらしい。
無理もないけどね。
「とりあえず魔術使わないの?」
僕が煙を吐いてそう言った。
薬効煙をプカプカ。
「でも……でも……」
「何さ?」
「リリアは……飛炎ですよ……?」
「だね」
リリアの二つ名だ。
「炎を飛ばす」
と書いて、
「飛炎」
その通りの魔術師である。
さりとて、
「だから?」
ここでソレを再確認することに生産性は無い。
「鬼を焼いたら……熱いよね……?」
「そりゃまぁ」
ある意味で足し算よりわかりやすい方程式ではある。
「熱いと……苦しいですよね……?」
「まぁね」
チラとジャンヌを見る。
聖火でバカスカ鬼を屠っている。
要するにリリアの延長線上の存在だ。
「命を苦しめたり……奪ったり……していいんですか……?」
そこからですか。
「百人の他者より一人の自分の方が大切でしょ?」
「あう……」
納得しなかったらしい。
あんまり説教の類は僕のガラじゃないんだけど、
「この世界の住人について思いを馳せてみよう」
「この世界の……住人……?」
「そ」
煙をフーッと吐く。
「老死。病死。失血死。ショック死。事故死。まだまだあるけど今も何処かで人は死んでるよ?」
「です……」
「命が失われることが問題なら何秒かに一度は生きている全人類が一同に慟哭する必要があると思わない?」
「あう……」
「でも知らない他人のために泣けないでしょ?」
「です……」
「つまり死んだ人間に冥福を覚えないと言うことでしょ?」
「あう……」
「別にリリアだけじゃないさ」
プカプカ。
「僕らは皆、世界の何処で誰がどんな死に方をしようと思い煩うということをしない」
「です……」
「つまり命は特筆した存在でもないということだね」
「でもマサムネが死んだら……悲しいよ……?」
「まさにそこ」
薬効煙を嗜む。
「他者が死んでも何とも思わないけど僕が死んだらリリアは悲しい。つまり大切なのは命じゃなくて絆なんだよ」
「絆……」
「大切に思えるモノが崩壊することにこそ人は悲哀を覚える」
「うむ……?」
「壺コレクターにとっては見知らぬ他人が死ぬより、自身の壺が割れる方が重大事だ」
「う……」
「ビブリオマニアにとっては本の登場人物が死ぬと泣くのに、世界の端っこで物理的な人間が死のうと関知しない」
「あ……」
「言葉にすれば簡単でしょ?」
プカプカ。
「リリアは僕と一緒に居られないのが哀しいだろうけど……今この瞬間に何処かで誰かが死んでも関知しない」
「あう……」
「で、閑話休題するんだけど……襲ってくる鬼にすら慮ってる内は連れて行けない。僕の言葉は理解できる?」
「精進します……」
「よろしい」
そんな感じで鬼の国をマッピングする僕らだった。
一々、
「ひゃ……!」
とか、
「はう……!」
と鬼に襲われて悲鳴を上げるリリアを見ていると、
「連れてって反応を楽しむのも有りか」
なんて思ってしまう僕はサドなのだろうか?
虐殺に次ぐ虐殺。
鏖殺に次ぐ鏖殺。
今日も鬼の国を縦断する僕らだった。