雪の国30
謁見の間の奥。
スノウ王の広い個室には無数の氷の彫像があった。
全てスノウ王の自慰のために彫像と化された人たちなのだろう。
「フォトン」
「はいな」
フォトンが端から順に氷の彫像に触れていく。
無限復元。
彫像は人間へと戻っていった。
「人としての尊厳を取り戻した」
とも言える。
別段有り難がる話でもないんだけど。
相も変わらず雪の妖精は襲ってくるけど、フィリアとジャンヌの敵ではなかった。
ていうかスノウ王はもう居ないのに律儀なことである。
僕としては騎士道精神とはかけ離れたところにいるので雪の妖精たち……特にアイスゴーレムの忠義と報復は理解の及ばない行動だ。
大切な人がいなくなれば僕も狂奔することになるのだろうか?
答えは出なかったけど。
とまれスノウ王が消えたからと云って雪の国の万年雪と吹雪が無くなるわけでも雪の妖精たちが居なくなるわけでもない。
ただ氷の彫像にされて嬲られる人間が居なくなる。
そんなちっぽけな戦果。
「…………」
けれどソレは、
「姉さん!」
「リイナ!」
リイナと、リイナの姉のレイナさんの抱擁を見ればほのかに心に熱を持つことも事実で……。
「うん。いい事した」
「ウーニャー」
ウーニャーも同意らしい。
「こうなると遁術にばかり頼るわけにも行きませんね」
「だよ」
ツナデとイナフは今後のことを検討していた。
たしかにまぁたまに遁術は役立たずだ。
対人を想定しているためクオリアを持たない存在にとっては無意味に過ぎる。
とはいえ、そうでなくとも足を引っ張る戦闘勘ではないんだから別に憂慮することも無いと思うけど。
ポリポリと鼻先を掻く。
「マサムネさん」
「何でがしょ?」
「姉さんを取り戻してくれてありがとうございます!」
「感謝はフォトンとフィリアとジャンヌに言って。僕は何もしていない」
「うん。マサムネ旅団全員に感謝。ありがとうございます」
精一杯リイナは僕らに感謝した。
マサムネ旅団ってのも斬新な表現だけども。
「私からもお礼を言わせてください」
とはレイナさん。
「スノウ王の呪縛から解放してくださって感謝です」
「そっちはフォトンに言ってあげて」
「ええ、無論」
「いえいえ」
フォトンは謙遜していた。
とまれこの一件は雪の国全体に激震として広く伝わった。
スノウ王の消滅。
氷の彫像として贄とされた人間の解放。
レジスタンスたちは涙を流し、スノウ王の不条理に泣き寝入りしていた国民たちは喝采をあげた。
「英雄」
そんな自分の幻想が踊るところを僕は見ることになった。
トナカイの肉を食べながら王都の宴に参加。
スノウ王の陥落は妖精にとっては不本意で、人間にとっては本意だったらしい。
「よくぞよくぞ」
「だから僕は何もしてないってば」
「いや、お前さんはよくやった」
「でっか」
疲れる。
別段感謝が欲しくてやったことではないんだけど……。
「とりあえず今後こんなことが起こらないように玉座には人間を座らせてね?」
「おう。それよ」
元レジスタンスの一人が言った。
「共和政を布くのはどうだろう?」
「別段雪の国の今後には興味ないかなぁ」
「兄ちゃんらはまた旅を続けるのかい?」
「目的がありますので」
ジュースを飲みながら平々と僕は云う。
そもそうでなければ旅なぞしてない。
「もったいなかこつ」
「価値観は人それぞれでしょう」
「さもあろうな」
カッカと割腹の良い元レジスタンスは笑った。
あまり褒められた気もしないのだけど。
「ところでラセンって魔術師については知りませんか?」
「ラセンってーと……」
ブラッディレイン。
そう断じると、
「いや、見てないな」
元レジスタンスは首を傾げながらそう云った。
オーラ使いのラセンがレジスタンスを見逃すわけもないだろうからコレは信に足る言葉だったろう。
「とすると……」
ふうむ。
トナカイの肉を囓る。
「まだ先かな?」
一歩進んだ気はするけど、ソレとコレとは等価で結べないだろう。
別に良いんだけど。