雪の国26
「正気か?」
ヒゲのおっさんは困惑した。
「まぁ狂っている部分が無いとは申しませんが」
「お前の決断でリイナが死ぬのだぞ?」
「いえ、リーダーさんの決断でリイナが殺されるんですよ?」
そこははき違えちゃいけない。
「で?」
と問う。
「一応のところスノウ王側の人間はあなた一人になったわけですけど人質で時間稼ぎしたところでトイレに行きたくなるまで均衡状況を保つつもり?」
「私を逃がせ」
「却下」
「本当に殺すぞ……!」
「だからそうすればって言ってるじゃん」
何を今更。
「ただし」
忠告はする。
「リイナを殺した場合あっさりと死ねなくなることを覚悟しておいてね? いっそ殺してくれって嘆願するまで苦しめてあげるから」
「そんな脅しに屈するとでも……っ」
「脅しじゃなくて事実なんだけどなぁ」
ぼんやりと僕。
「まぁ信じて貰えなくてもこの際関係ないか……」
飄々と言ったのは半分演技だ。
もう半分は本音だけど。
「お兄様?」
とツナデ。
「手っ取り早くとっちめてしまいましょう。その状況でリイナが殺されればそれはそれでということで」
言葉自体は僕に向けたものだけど、そに含む白刃はどう考えてもヒゲのおっさんに向けられたものだった。
「ええと……」
これはリイナの言。
「私の命の価値って……」
「だいじょぶだいじょぶ」
ケラケラ笑うフォトン。
そこにはいっそ無邪気さが垣間見える。
「殺されても私が生き返らせてあげるから」
無限復元。
その真骨頂である。
つまりフォトンが居る限りにおいてこっちに対する敵対的人質運営は意味を成さないのだ。
「む……ぐぅ……!」
ヒゲのおっさんは諦めたようにリイナを解放した。
自分が一体誰に喧嘩を売っているのか漸く理解したのだろう。
「良きかな良きかな」
それから本気でレジスタンスに加入していた身分の人たちにヒゲのおっさんを提供。
どうなるかは……まぁレジスタンスさんたちの善意を信じよう。
「さて、じゃあ僕らはこれで」
「え? レジスタンスに加入してくれないんですか?」
「僕らはあくまでスノウ王を弑してリイナのお姉さんを助けるだけ。レジスタンスと共同歩調を取るつもりはないよ」
「というか私たちの戦いに巻き込むと味方側にも被害者が出ますし」
「ではどうするんです」
「トロイの木馬って知ってる?」
「?」
ってなるよね。
「獅子身中の虫……とはまた違うか。やっぱりトロイの木馬だね」
「?」
「とりあえずこんなむさ苦しいところじゃなくてホテルに泊まるから」
「で私たちは?」
「引き籠もってれば? 明日には決着つくから」
「そんな簡単な……」
意識だけで脱力するリイナさんでした。
「問題は……」
ポリポリと頬を掻く。
「リイナのお姉さんが氷の彫像として確保されてる点だよね」
「それが何か問題が?」
「それさえ懸念しないのならフォトンの魔術やウーニャーのドラゴンブレスで王都そのものを滅ぼす一手が打てるんだけど……」
「まぁ何事もうまくはいかないモノですよマサムネ様」
「ウーニャー! その通り」
だね。
「では決定力のないツナデとイナフはどうしましょう?」
「どうするのお兄ちゃん?」
「今回は活躍の機会はないかな?」
暖房結界に引き籠もって貰えれば満足。
妖精に遁術が利かない時点で多少なりとも頭を痛める案件ではあった。
とはいえ憂慮するほどでもない。
水分を支配するトライデント。
水分を蒸発させるパイロキネシス。
圧倒的な戦力がこっちには揃っている。
「ま、マサムネちゃんのために一肌脱ぎますか」
「マサムネ様たちのためになるならば」
だから、
「ま、気楽に構えていてよ」
僕はリイナの頭を撫でた。
「別段契約を反故にする気はないから」
こっちに利することは何もないけど約束は約束だ。
可愛い女の子必死の願いは傾聴に値する。
それは別にリイナに限った話でもない。
フォトンとツナデの慕情も、イナフとウーニャーの憧憬も、フィリアとジャンヌの敬意も、おしなべて尊重すべきモノだった。
南無八幡大菩薩。