魔の国03
オルトヴィーンという貴族の屋敷は要塞都市の最東端にあった。
これがまた豪華な西洋屋敷で……まぁ小さな城とでも表現すべきかな?
こちらの世界でも貴族が兵の指揮を執るのは当然らしく、光の国と国境を争った百戦錬磨の貴族がオルトヴィーン卿ということらしい。
ちなみにこの世界には名は有っても姓は無いらしく、貴族はそれぞれの先祖の名前を家督と同時に譲られ、その名を名乗るとのこと。
現在のオルトヴィーン卿は正確にはオルトヴィーン九世というらしい。
閑話休題。
僕とフォトンは私兵に連れられてオルトヴィーン卿の屋敷の門をくぐった。
中はシンメトリカルで豪奢な庭がまず目に入り、それに目を奪われながら歩けばいつのまにかオルトヴィーンの屋敷の玄関をくぐっていた。
迎えてくれたのはメイドさんと執事さん。
メイドさんと執事さんに挨拶をされ挨拶を返すと、メイドさんが飲み物の希望を聞いてきた。
僕はコーヒーを……こっちの世界にもあるらしい……フォトンは紅茶を頼んだ。
どっちもノンシュガーである。
そして執事によって屋敷の中を案内され僕とフォトンは客間に通された。
そこにはたっぷり髭を蓄えた中年と老齢の間の年齢を持った貴族然としたおじさんあるいはお爺さんがいた。
おじさんあるいはお爺さんは安楽椅子に座っていて、立ちもしないまま僕らを見つめニッコリ笑い、
「遠いところをようこそ。わしがオルトヴィーン九世です。オルトと呼んでくださいな」
気さくにそう言ってほっほと笑った。
そしてオルトヴィーン卿改めオルトは言葉を続ける。
「かの有名なセブンゾールのフォトン様に会うにあたっては本来ならわしの方から出向かなければならないのだろうけどね。何分足が悪くて……無礼を許してくれたまえ」
僕は唖然とした。
貴族をもってして恐縮させるほどの格をフォトンが持っているということにだ。
何者なんだ……本当に……。
しかして恐縮しきるオルトに対してフォトンは気さくに声を返した。
「気にすることはないですよ。人それぞれ事情はあるんですから。それよりもオルトヴィーン卿の勇名は光の国まで轟いていましたよ。直にまみえられて光栄……と言ったところでしょうか」
「結局のところわしでは光の国の国境を浸食するには至らなかったがね」
「いえ、光の国の浸食を防いだだけでも特筆に値しますよ」
「フォトン様にそう言われると誇らしい気分になるのですから不思議なものですなぁ」
ほっほとオルトは笑う。
と、そこで、
「失礼します」
と玄関で会ったメイドさんが部屋に入ってきた。
そしてメイドさんは僕にコーヒーを、フォトンには紅茶を、そしてオルトにはチョコレートを差し出した。
どうやらこの世界ではまだチョコレートの固形化には成功していないらしい。
まぁ産業革命以前の世界だと思えば不自然ではないけど。
僕はコーヒーに口をつける。
香り高い。
メイドさんはいい仕事をするらしい。
まぁだからこそオルトのメイドをしているのだろうけど。
フォトンもまた紅茶に口をつけて、それからオルトに問い詰める。
「それでオルト卿? 私たちを呼びだしたのは何のため?」
「…………」
答えずにチョコレートを口にし、カップを受け皿に置くオルト。
少しの間、沈黙の妖精が僕たちの周りを飛びまわり、それからオルトが口を開いた。
「無限復元のフォトン様……」
切りだしはそんな恐縮しきる口調。
「聞けばフォトン様に触れた人間は異常を正常に正し異形を正形に戻すとか……」
なるほどね。
つまりオルトは、
「体の不自由を治してほしいんですね」
僕の思いをフォトンが言葉にした。
「フォトン様にあらせられましては恐縮ですがお受けしてもらえませんでしょうか?」
「構いませんよオルト卿」
そう言ってフォトンはオルトに手を差し出す。
オルトはフォトンの手を取った。
握手。
そしてフォトンの無限復元が適応される。
オルトの体の異常は全て治ったのだろう。
足が悪いと言っていたオルトは安楽椅子から立ち上がる。
「旦那様……!」
執事さんが心配そうにオルトに駆け寄る。
「大丈夫だ。足のしびれが嘘のように消えた」
オルトは立ち上がって、フォトンを見据える。
「ありがとうございますフォトン様。こうしてまた立つことができるなぞ思ってもみませんでした」
「別に気にしなくていいですよ」
フォトンは紅茶を飲みながらそう言うのだった。
「フォトン様……お礼に何かわしにできることはないでしょうか?」
「そうですね。では魔の国の王……バミューダ王に会わせてくれませんか?」
「バミューダ王に……?」
「はい。バミューダ王に」
しっかとフォトンは頷いた。
「わかりました。ではわしからバミューダ王への謁見の書状を綴るとしましょう」
「助かります」
そう言ってフォトンは紅茶を一口。
今度は僕が口を開いた。
「何? 王都に行くの?」
「ええ、私の目的は各国の王都にありますから」
そう言ってフォトンはニッコリ笑うのだった。
「王都ね……」
僕はコーヒーを飲みながら受諾する。
「フォトン様……それからマサムネ様……今日はこちらに泊まっていってください。足を治してもらったお礼に精一杯もてなしをさせてもらいますから」
「ありがとうございますオルト卿」
フォトンはそう謝辞を述べた。
まぁホテルを探す身だったのだ。
オルトの屋敷に泊まれるというのならこれに越したことはないだろう。
そういうわけで僕とフォトンはオルトの屋敷に滞在することに決まった。