魔の国02
魔の国の要塞都市に入るには門番の許可を得なければならなかった。
僕が名乗ると門番は何気なさそうに「了解した」と言った。
そしてフォトンが名乗ると、
「フォトン……ですと……?」
門番はかすれた声で復唱した。
「はい。フォトンです」
「深緑の髪のフォトン……もしかしてセブンゾールのフォトンですか……?」
セブンゾール?
首をひねる僕を無視して、
「そのフォトンで合っています」
コクリとフォトンは首肯した。
「いやはや……光の国の宮廷魔術師ですよね? なにがあって魔の国に?」
「それは門番の権限を超えた質問ですね」
「あ……失礼しました」
恐縮する門番さん。
「今のところ別に魔の国に対して害を為そうなどとは露ほども思っていませんから安心してください」
「いえ、疑っているわけでは……」
どこまでも恐縮しきる門番さん。
「フォトンって有名人なの?」
「そうですね。少なくともこの大陸で知らぬ人はいないと思いますよ」
「そこまで」
「私は不老不病不死ですし……さらに言えばセブンゾールですし……」
「セブンゾールって何さ?」
「魔の国の王都……そこにある国際魔術学院にて話すこともあるでしょう。それまでしばしお待ちくだされば……と」
「魔術学院って王都にあるの?」
「はい」
「王都に行くの?」
「はい」
「また隔離されるんじゃ……」
「大丈夫ですよ。事情は斟酌してくれるはずです。駄目だったらまたファイヤーボールを使えばいいだけですし」
「どこまでもアレをファイヤーボールと言い切る気なんだね」
「火の玉なんですからファイヤーボールでしょう?」
「あんな巨大な球体をもってボールなんておこがましいと思わない?」
「では何と?」
「スフィア……とか?」
「どっちにしろ意味は同じじゃないですか」
「ていうかボールにしろスフィアにしろ英語も通じるんだね……」
「えいご……?」
首を傾げるフォトン。
「いい。何でもない」
どうやら本当に現代の粗雑で曖昧な日本語がそのままこっちの世界にも適用されているらしい。
ともあれ門番は僕とフォトンを魔の国の要塞都市に入れてくれるのだった。
さて、
「王都に行くんだっけ?」
僕がそう問うと、
「とりあえずこの街で一泊しましょう」
フォトンがアンチテーゼを提供する。
「急いで離れた方がいいんじゃない?」
「大丈夫ですよ。高い壁に取り囲まれたこの要塞都市で誘拐しても門番の検閲に引っかかるだけですから」
そりゃごもっとも。
「それよりも私たちを追っているであろうエージェントを炙り出して無力化した後に悠々と要塞都市を出た方がまだしも賢いかと」
それもごもっとも。
「じゃあホテルを探そうか。お金足りる? なんなら僕が働くけど?」
「大丈夫ですよ。三年くらいなら遊んで暮らせる程度の蓄えはありますから」
金持ちだこと。
ところで、
「金貨とか銀貨とか銅貨とか言われても僕にはピンとこないんだけどだいたいどれくらいの価値なの?」
「だいたいリンゴ一個で銅貨が一枚足りるか足りないかってところです」
「ふむ」
「その銅貨が二十枚で銀貨一枚に……銀貨が二十枚で金貨一枚に代わる……という寸法ですね」
「とすると……」
リンゴが約百円として、銅貨が百円……銀貨が二千円……金貨が四万円……ということになるのかな?
「ううむ……」
と悩む僕。
「ともあれ」
とフォトンが閑話休題。
「ホテルを探しましょう。なるたけ高級そうなホテルが良いんですけど……」
「久しぶりに湯浴みもしたいしね」
僕が同意する。
そんな僕たちに、
「もし」
と僕でもフォトンでもない声が浴びせられた。
声した方を向くと一人の兵士が立っていた。
戸惑う僕とフォトンに、
「失礼しました。私はオルトヴィーン様の私兵をしている者です。無限復元……セブンゾール……フォトン様がこちらにおわすと聞いて駆けつけました」
兵士は自己を証明する。
「オルトヴィーン卿というと……この要塞都市にて最も権力をふるえる貴族の名ですよね。そんな御方が何ゆえ私を?」
「私からは申せません。とにかくフォトン様を連れてくるように……と」
かなり無茶なことを言う兵士さんだった。
しかしてフォトンは迷わなかった。
「わかりました。では案内してください」
僕は尋ねる。
「いいの? フォトン……」
「まぁ貴族に目をつけられたのならしょうがないですよ。跳ね除けて厄災を招くのも嫌ですしね」
それはごもっとも。
僕は苦笑する。