光の国17
結論から言って僕とフォトンは村人たちから歓迎された。
亜人……トロールが一般人の相手になるところではないことは既にフォトンから聞いている。
つまりさっくり言っちゃうと村の存亡がかかっていたらしい。
冗談ではなく。
そこに単身乗り込んでトロールを圧倒した僕は「すごい魔術師だ!」と称えられたのだった。
魔術ではなく忍術なのだけど……まぁ訂正はすまい。
そんなわけで僕らが旅の者とわかると宿屋の女将がタダで泊めてくれた。
さらには山菜や川魚の姿焼きなど……気合の入った料理が出てきたのだった。
そして女将は言う。
「何もない村ですのでこんな歓待しかできなくて申し訳ありません」
僕とフォトンは、
「いえいえ」
とそれを否定する。
「山の恵みを感じられる素晴らしい御馳走です」
「食べるのがもったいないほどです」
そう言ってがつがつと僕とフォトンは御飯にありつくのだった。
それから湯浴みをして、この宿でもっとも格の高い……スイートルームと言う奴だろうか……部屋にタダで泊めさせてもらった。
僕はベッドにダイブした。
「あー、極楽極楽」
どうも王都から魔の国の国境までは歩いて三日のところに村が点在しているらしく、つまり三日に一度しか宿に泊まれない。
馬車なら一日でその間隔を制覇するというのだから、やはり馬車主体の文化なのだろう。
野宿の場合……食事についてはフォトンの四次元ポケットにしまわれているパンと干し肉、それから川があれば川魚を釣ったりして食事は出来るけど……寝るのは布団など無いため地べたに直接である。
そんなこんなで久しぶりのベッドである。
「あー、極楽」
と僕は愛おしげに枕に頬ずりをする。
と、そこで、
「マサムネ様」
とフォトンが声をかけてきた。
「何でっしゃろ?」
「マサムネ様は魔術が使えるんですか?」
「使えるわけないじゃん。僕の世界の魔術は詐欺の材料だって言ったでしょ?」
「変化の術や分身の術や透遁の術などなら……まだ幻覚と言っても不思議ではありませんが……先のトロールとの戦いで使った雷遁の術や火遁の術はもうれっきとした物理現象じゃないですか……!」
「ただの幻覚だよ~」
僕は念を押すように言う。
「では何故トロールは燃えたのです?」
「燃えてないって。ただの幻覚なんだから」
「でもトロールは全身火傷したじゃないですか」
「火傷はしてないよ。水ぶくれが出来ただけで」
「?」
「例えば……」
と言って僕はベッドのそばにある腰程度の高さの棚の……その上に乗せられているメモ帳から一枚紙を失敬した。
そしてそれを僕とフォトンが座っているダブルベッドに置く。
僕は僕とフォトンをオーラで纏って両手で複雑な印を結ぶ。
それから術名を発する。
「火遁の術」
次の瞬間、ベッドに置かれている紙が発火した。
「っ」
驚愕するフォトン。
「…………」
僕は無反応だ。
そして発火した紙は……燃えることはなかった。
ただ炎だけがパチパチと燃え盛り、しかして紙はそのままベッドの上に置かれて平然としている。
「紙が燃えてない……?」
そう呟くフォトンに、
「だからこの炎は幻覚なんだって言ったじゃん」
僕が断ずる。
「じゃあ触っても熱くないんですか?」
「熱いよ」
「幻覚なのに?」
「熱した火鉢で火傷したことのある赤ん坊に熱くも何ともない火鉢を当てると熱いと誤認して水ぶくれを作ってしまうって言う逸話はこっちにはある?」
「ええと……」
無いらしい。
「とにかく幻覚も強烈かつ鮮明であれば人体の……正確には脳がだけど……機能が炎に触れているから熱いはずだと誤認して痛覚に異常をきたして、さらに火傷に対処しようと水ぶくれを作っちゃうんだ」
「はあ……」
返ってきたのは生返事。
「理解してないでしょ?」
「わからないことだらけで何と言ったらいいか……」
「ともかく幻覚を突き詰めれば脳がその現象を事実だと誤認することだけ覚えていればいいよ」
「では雷遁の術は……」
「それも一緒だよ? 雷を浴びせられたと誤認したトロールの脳が筋肉の痙攣を引き起こしただけ」
「あれだけのリアルを幻覚で片づけるのですか?」
「実際幻覚だし」
あっけらかんと僕。
「では刃遁の術は?」
「だーかーらー幻覚だって。僕のオーラでトロールのオーラに干渉して身体の随所に斬撃を受けたと誤認させて、回復と称した過負荷をかける術だよ? フォトンも見た通り、生物に使うと殺しちゃうほどのショックを与えちゃうけど」
「幻覚が人を殺すんですか?」
「だから術なんじゃないか」
僕は肩をすくめてみせるのだった。
そうして夜は更けていく。