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日の本の国02

 明朝の試合が終わった後、僕は加当の家の浴室を借りていた。


 脱衣所にある鏡を見る。


 僕の姿はそれだけで見て取れた。


 ツンツンと尖っている癖っ毛を持つ平々凡々な容姿。


 気だるげな眼。


 それが僕ことマサムネだった。


 当然脱衣所であるが故に身に纏うものは無く裸である。


 そして僕は浴室に入ってシャワーを浴びていた。


 汗を洗い流すためだ。


「ふう……」


 と嘆息しながら熱いシャワーを浴びる僕。


「やれやれだ」


 これは義父に対する僕のスタンスを示している。


「やはり雌犬の子はこの程度か」


 義父はそう言った。


 そしてその通りだった。


 僕はいわゆる不幸の星の下に生まれついた。


 加当の家は代々忍の技術を受け継ぐ一族だ。


 そんな加当の主である義父は愛人を幾人も持っている。


 僕はそんな愛人の子なのである。


 しかも義父と呼んでいるように、義父との子どもではない。


 義父の愛人であった僕の母は浮気をして別の男と子どもを設けた。


 その子どもと言うのが僕である。


 つまり僕は加当の家とは全く繋がりを持たない人間なのである。


 親が子を選べないように子も親を選べない。


 だから僕はそれについての不満は無い。


 ただそれでも僕にとって順風満帆の人生など夢のまた夢だ。


 加当段蔵の名を継承した僕の義父にとって、血の繋がりの無い僕は疎ましい存在に違いない。


 けれども僕の実父も実母も儚く亡くなっている。


 人道上引き取らざるをえないというわけで。


 つまり僕は加当の家において必要のない邪魔者……異分子でしかないのである。


 それでも食事や風呂や寝床を用意してもらえるだけ有難いと言うべきか。


 僕が愛人と、その浮気相手の間に出来た子だとして、それでも保護した義父は人格者と言えるだろう。


「ま……文句を言う筋合いも無いよね」


 僕はシャワーを浴びながらそう呟く。


 何はともあれ加当の家の養子となった僕は忍術や骨法を骨の髄まで叩き込まれた。


 雌犬の子と蔑まれながら、忍となるべく育てられたのだった。


 そしてある程度は才能の有る無しを問わず吸収したと思う。


 科学文明華やかなりし現代において忍がどれほどの価値を持つのかは置いておくとして……ではあるけど。


「ま、でも……」


 僕は一人ごちる。


「習わないより習う方がいいよね」


 少なくとも一定のアドバンテージはとれる。


 それが暴力だとしても。


 そんなことを思いながらシャワーを用いて汗を流していると、


「失礼します……」


 と浴室に自身のでない声が聞こえてきた。


「…………」


 沈黙する僕。


 あー、とか、うー、とか悩んだ後、


「何の用さツナデ?」


 僕は浴室に入ってきた義妹……ツナデにそう問うた。


「お兄様の体を洗おうかと思いまして」


 おずおずと……しかしてはっきりとツナデ。


「僕に構っても得することなんてないよ?」


「それは過小評価です。お兄様は加当の家において不世出の才能を持つ人間です」


「過大評価」


「いえ、事実です」


 ツナデは譲らなかった。


 ツナデは僕を持ち上げることが多々ある人間である。


 僕としては困ったものだが注意しても始まらない。


「お兄様……」


 とツナデは僕を呼ぶ。


 上の義兄や下の義兄に対しては「兄」と呼ぶのに……僕ことマサムネに対しては「お兄様」とツナデは呼ぶ。


 それだけでツナデがどれだけ僕を想い入れているかわかろうと云うものだ。


「何故お兄様は全力を出さないのです……」


 そう言ってツナデは僕に抱きついてきた。


 当然浴室に入るには全裸であるべきで、僕の背中にはツナデの豊満な胸が押し付けられていた。


 あわわ……あわわ……!


 その事態に喜ぶより先に、僕は弁解した。


「全力を出してアレだよ」


「違います」


 断ずるツナデ。


「お兄様が全力を出したらあの程度では済みません。お兄様のことを誰より知っているツナデが何よりそれを知っています」


「過大評価だよ」


 僕は肩をすくめてみせた。


 相も変わらず裸体のツナデは僕に豊満な胸を押し付けてくる。


「ツナデではお兄様の助けになりませんか?」


「どういう意味さ?」


「お兄様さえ承諾してくれるのならツナデは加当の家を敵にまわしたって良いんですよ?」


「ありがとう」


 僕はそう言った。


「でもツナデを加当と対立させるわけにはいかないよ」


 僕の背中を抱きしめるツナデを振りほどいて、ツナデへと振り返る僕。


 そしてツナデの裸体を僕は抱きしめる。


「心配してくれてありがとう。でも僕は大丈夫だよ。ツナデまで義父や義兄に敵対する必要はないんだ」


「それではお兄様はいつまでも評価されないままではないですか……!」


「僕のことはどうでもいいだろう?」


「よくありません……! けど……言いたいことはわかるつもりです」


「それで十分さ。ツナデ……君が味方でいてくれる限り僕は救われているんだから」


 そう言って僕はツナデを抱きしめる力を強くするのだった。


 シャワーの音だけが浴室に響く。

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