夷の国18
で、次の日。
広く間のとられたコロッセウムで僕は貴族とまみえていた。
先にも述べたがリリアと云う美少女をめぐっての決闘であること。
そして賞金首の僕がその一部であること。
再び先にも述べたけど、これで噂にならない方がおかしい。
であるためコロッセウムの観客席は学院の人間で満杯だ。
オーラで確認するにビップ席には魔の国のバミューダ王もいた。
懐かしい。
そして僕と貴族とでコロッセウムの決闘スペースに姿を現すと、審判の魔術がそこにかけられる。
一種の結界だとリリアから聞いている。
フォトンがその一例になるけど、中にはコロッセウムそのものを吹っ飛ばす威力の魔術を行使する術者がいるらしい。
であるため観客席(特にバミューダ王の座するビップ席)に被害がいかないように魔術障壁で囲むとのこと。
僕はと云えば、
「木を以て命ず。薬効煙」
と薬効煙を生み出してくわえると、
「火を以て命ず。ファイヤー」
とそれに火を点ける。
スーッと煙を吸ってフーッと吐く。
ああ、落ち着く。
「両者、お覚悟のほどは?」
そんな声が高らかと聞こえてくる。
おそらく魔術なのだろう。
そうでもなければコロッセウム全体に響くような声は生み出せまい。
デミウルゴスも大変だ。
本人(?)がいいならいいんだけど。
「僕は大丈夫」
「僕もだ」
僕と貴族は声と首の動きで肯定してみせた。
「では、始め!」
審判が決闘開始の合図をするとともにワッと観客が沸きあがった。
娯楽にされているようで不満を禁じ得ないんだけど、この場合は気にしたら負けなのだろう。
「まずは小手調べだ」
貴族はそう言った。
その発言が既にズレている。
「戦いと云うのは最初から長射程大威力の攻撃を以て敵を殲滅すべし」
が基本だ。
小手調べなぞという概念を差し挟む辺り、お坊ちゃんと云ったところだろう。
僕は薬効煙を吸って吐く。
プカプカ。
「我は大神デミウルゴスに願い奉る。そのエレメントは水。形は槍。そをもって如何な障害も貫き殺す。アイスランス!」
歌い上げるように世界宣言を紡ぐ貴族。
僕に向かって突き出された手の先から氷の槍が生まれると、それは超音速で僕へと放たれた。
ヒョイと躱す。
超音速程度ならリミッターを切ることもない。
僕は吸った薬効煙の煙をフーッと青天井に向かって吐いた。
それが癪に障ったのか、
「なめてるのか……!」
どこか憤激した様子の貴族さん。
なめてるかなめてないかで云えばなめてるんだけど、それを言葉にする労力も惜しいため僕は薬効煙をプカプカしながら眠たげに眼を細めた。
「なら逃げられないようにしてやる……!」
さいですか~。
「我は大神デミウルゴスに願い奉る。そのエレメントは水。形は槍。そを無数に具現し万軍をも殲滅散滅壊滅すべし。剣刀槍戟の氷はコレを以て飛び穿ち……更なる血を流す。アイスランスレイン!」
結果として聞いたのはそんな世界宣言。
神への祈り。
貴族の周りに無数のアイスランスが生み出されると、弾丸の速度で撃ち出される。
さすがにリミッターを外さないと避けられる自信が無い。
だけど……それより僕の魔術の方が早かった。
つらつらと長々しく貴族が世界宣言を唱えている途中で、
「水と金を以て命ず。水鏡の聖盾」
と簡潔な宣言を行使する。
そもそもにして魔術の設計図自体は世界宣言ではなく想像創造の方にこそ宿る。
である以上世界宣言は銃におけるトリガーのようなものである。
引かなければ銃弾は飛び出さないけど、トリガーそのものが因子の全てと云うわけではない。
まぁそんなことを講義する場所でも状況でもないのだけど。
そんな僕の前方に世界宣言の通りの、
「水鏡の聖盾」
が展開される。
見た目は薄い水の膜だ。
頼りなく揺らめいている。
水の壁を通して向こう側が見えていたり。
「そんな魔術でアイスランスレインが防げるか」
それは嘲弄。
結局のところ結果は決まったようなものだ。
こっちの世界にはショットガンなんて概念はないだろうけど、貴族のアイスランスレインは氷を弾丸とした散弾に相違ない。
防御はともかく回避を許さない魔術ではある……けどあくまで物質レベルだ。
それも干渉ではなく発生の魔術。
結果だけ語ろう。
無数の氷の散弾は僕の水鏡の聖盾にぶつかるや否やベクトルを反転させてそのまま貴族を刺し穿った。
鏡花水月。
鏡と水は花と月とを反射させる。
そして水鏡の聖盾はその具現だ。
可視光線などの例外を除いて物理現象を反射する障壁にして聖盾。
「が……!」
自身でアイスランスレインの威力を思い知った貴族が苦悶をあげた。
自業自得だ。
僕は薬効煙をスーッと吸って煙をフーッと吐き、
「なんだかなぁ……」
ぼんやりと呟いた。