夷の国16
僕の腕の中で憂鬱に浸るリリアを僕は解放する。
利休鼠色の瞳は憂いを湛えていた。
美少女を悲しませる。
中々に僕もハードボイルドだ。
「木を以て命ず。薬効煙」
大神に祈る。
薬効煙が手元に現れた。
それを僕はくわえる。
それからさらに想像創造。
後の世界宣言。
大神に祈る。
「火を以て命ず。ファイヤー」
手元に小さな炎がともり、くわえた薬効煙の先に火を点ける。
そして煙をスーッと吸うと、
「…………」
フーッとゆっくり吐き出す。
プカプカ。
「マサムネ……」
「なに?」
「リリアにも……一本……頂戴……」
「別にいいけど」
すくなくともまともな薬であるため薬毒は無い。
鎮静効果にともなって精神的依存症が多少あるくらいで、それ以外はまったくもって無害と云う他ない。
そして薬効煙を箱単位で具現化してリリアに渡す。
リリアはその内の一本を口にくわえて、
「リリアは火のエレメントを前提に祈ります。ファイヤー」
世界宣言を行う。
想像創造は既に行っているのを僕は見て取った。
リリアのくわえた薬効煙の先が、
「…………」
赤く光る。
火がともった証拠だ。
そして薬効煙の煙を吸ってフーッと吐き出すリリア。
形や概念は違えど見た感じでは紙巻きタバコだ。
純朴なリリアには圧倒的に似合わなかった。
僕みたいなハードボイルドでもなければ似合わないのだろう。
反論?
却下で。
結局リリアの魔術も見せてもらったし、こちらとしても別に見せる芸も無いためこれで御開き……、
「…………」
とはならなかった。
「やぁリリア」
第三者が僕らに(正確にはリリアに)声をかけてきたのだ。
「…………」
リリアの瞳に影が差す。
僕は薬効煙を吸いながら声のした方を見る。
坊ちゃんがいた。
丁寧なシルクの着物を纏った貴族然とした青年だ。
そして貴族然ではなく貴族なのだろう。
その双眸には自負と責任と上から目線が等分に入り交じっていたのだから。
「僕と云うものがいながら他の男に体を預けるのはいただけないね」
「さも当然」
とばかりに貴族の青年は言う。
「あう……」
リリアは反応に困っていた。
「まだ僕の物になる決心はつかないのかい?」
あっさりと重大事項を述べる貴族からリリアに視線をやって、
「どゆこと?」
僕は問うた
プカプカ。
「ふえ……」
リリアは狼狽える。
「君は……どこかで見た顔だね?」
貴族は僕を見て記憶から何かを掘り起こそうとしていた。
が、正答を僕は述べる。
「多分賞金首としてじゃない?」
僕とフォトンとツナデの首には賞金がかけられており、僕らの似顔絵は紙媒体で大陸中に広まっている。
そしてそれが答えだった。
「ああ。金貨二十枚の……」
納得する貴族。
「たしか名をマサムネ……。君がリリアのバーサス候補と云うわけか」
「…………」
聞いてない事情故に僕は薬効煙を吸いながらリリアに視線をやる。
「ごめん……なさい……」
それだけで察しえた。
「僕の婚約者につばをつけるのはいただけないね」
貴族の言葉も後押しする。
つまり飛炎の魔術師にしてクランゼ研究室の准教授のリリアに好き好きオーラ……というか慕情を向けているのだろう。
で、その障害が、
「…………」
僕というわけだ。
薬効煙をプカプカ。
これは僕とリリアの分。
「あー……」
と言葉を探した後、
「諦めてくれないかな? リリアは僕にゾッコンなんだ」
「マサムネがリリアのバーサス候補と云うわけだ……」
然りです。
事実はどうあれ。
「なら正当に奪って差し上げましょう」
そう言って貴族は左腕の手袋を外すと僕の顔面にペチッとぶつけた。
さすがにその意味がわからないほど鈍くはない。
決闘の申し入れだ。
やれやれ。