形の国22
先にも言ったが人には四苦がある。
曰く、生。
曰く、老。
曰く、病。
曰く、死。
形の国のドール王……かの王は魔術によって人間をおもちゃに変えることで老と病と死を国民から取り除くという逸れ者だ。
どうしたって人は老いる。
どうしたって人は病む。
どうしたって人は死ぬ。
故におもちゃになることでそれを避ける。
人間を逸脱した存在になるけど少なくとも死ぬことはなくなる。
それは良いことなのだろう。
僕にとっては、
「どうでもいい」
が本音だけど、誰だって老いや病の結果死に至ることを忌避するものだ。
「一生懸命生きたいが故に一生懸命死にたい」
に繋がるフォトンとはちょうど真逆。
どっちが悪いわけではないけども。
で、おもちゃの業を解き放つ存在らしい。
「ウーニャー……何が?」
フォトンが。
正確にはフォトンの無限復元が。
どうやらおもちゃたちの都合は三つに分けられるらしいことを僕らは悟った。
一つ、老衰した人間の死ぬ間際で食い止めるため。
二つ、先天的に社会生活に適応できない障害を持った人間に権利を与えるため。
三つ、後天的に社会生活に適応できない障害を持った人間に権利を与えるため。
それは仕方ない事なのだろう。
少なくとも老いや病に苦しみもがくより、すっぱりおもちゃになった方が楽なのだ。
が、人間が人間であることにアイデンティティを感じる人もいるわけで。
そういう人にとっておもちゃに変えられることは自己意識からの逃避とも取れるしレゾンデートルの崩壊に繋がるのかもしれない。
特に三つ目はそうだろう。
そんなわけで、
「ふぅ……」
僕らは形の国の王都……その一神教の教会に立てこもった。
扉を閂で閉じて固定する。
「さて……」
魔術で薬効煙を生み出し火を点けて、
「どうするね?」
僕は煙をスーッと吸ってフーッと吐いた。
「申し訳ありません」
フォトンが頭を下げる。
「ああ、別に責めているわけじゃないよ?」
僕は薬効煙をプカプカ。
「でもこれでは」
「だね」
「ウーニャー」
「よねぇ」
身動きが取れない。
幸い教会のガラス窓は天窓以外は無かった。
まして教会は不可侵地帯だ。
まさか破城鎚で破られることもあるまい。
と、
「何かしらお困り事でしょうか?」
多少そわそわした様子のシスターが声をかけてきた。
「お邪魔してます」
あははと笑ってやる。
薬効煙を吸って吐く。
「大神デミウルゴスの導きを欲して……でしょうか?」
「あはは。生憎の無神論者です故」
「同じく」
少なくとも僕とツナデはそうなのだ。
「しかして魔術をお使いになるという事は神に祈ることと同義ですよ?」
「だね」
それは否定しない。
少なくとも巫女の言葉を覆すだけの論拠を僕もツナデも持たない。
「でもねぇ」
「ですねぇ」
息ピッタリだった。
さすが兄妹。
義理だけど。
僕は薬効煙を吸って吐く。
煙がゆらゆら。
天井に昇り大気と撹拌される。
「ではどうされたので?」
「実は」
かくかくしかじかと僕たちは状況を説明した。
つまり後天的に致命的な障害を負ったおもちゃたちが人間に戻りたいがためにフォトン狙って押し寄せ、そこから逃げ込む先に教会を選んだという事を。
「フォトン……様……?」
シスターは驚愕したようだった。
「無限復元……セブンゾール……」
「はい。そのフォトンです」
ペコリとフォトンが一礼する。
「おもちゃから人に戻すのも無限復元の範疇だと?」
「ええ、まぁ」
「さすがに疑ってしまいますね……」
別に信用される必要もないけどね。
「それよりシスター」
これは僕。
フーッと煙を吐く。
「聖釘で外の暴徒を鎮圧してくれない?」
「っ!」
絶句し、しかして眼が剣呑に細くなるシスター。
執行者とバレたのが意外だったのだろうか?
鍛えられた体つきを見れば僕やツナデにとっては一発なんだけど……。