形の国14
沈黙が落ちた。
村全体に。
パチクリ。
パチクリ。
キョトン。
ポカン。
カーカーとお山のカラスが鳴く。
初動をとったのは老人だった。
立っていられなかったのか。
あるいは重力に魂を縛られたのか。
あっけなく崩れ落ちる。
そして、
「何故っ!?」
驚愕一つ。
それから、
「なっ!」
村人らやおもちゃらの声。
次の瞬間、空気が炸裂した。
あっという間に愕然が村人およびおもちゃたちに伝搬する。
ザザッと僕たち……というよりフォトンから距離を取って警戒し始めた。
「おじいちゃん! おじいちゃん!」
一人の女の子が、崩れ落ちた『元おもちゃの兵隊さん』である老人に駆け寄る。
しかして無気力が老人を捕え、その瞳は孫だろう女の子を捉えた。
「えーと……」
なんと言うべきか。
なんとするべきか。
僕は人差し指で頬をコリコリと掻いた。
「フォトン?」
「何でしょう?」
「何したの?」
「特別には何も。ただ私に触れるという事は無限復元が適応できるという事です」
「なるほどね」
「ウーニャー!」
頭上の虹色ドラゴンが尻尾でペシペシと僕の後頭部を叩く。
「何がなるほど?」
「つまりドール王の魔術によっておもちゃに変換された人間が無限復元によって人間へと再変換された……というところかな?」
「ウーニャー! そうなのフォトン?」
「多分ですけど」
状況についていけてないのかフォトンも戸惑っているようだった。
「おじいちゃん! おじいちゃん! おじいちゃん!」
女の子が崩れ落ちた翁を揺さぶって泣き叫ぶ。
が、「おじいちゃん」は、
「あーちゃん……大丈夫じゃよ」
と孫娘の頭をしわだらけの手で撫でた。
「どうしてこんなことするのよ! この悪魔!」
おもちゃの兵隊を人間に再変換したフォトンは女の子の憎しみを一身に受けた。
「悪魔……」
「悪魔だ……」
「悪魔よね……」
村の人間およびおもちゃたちはさっきまでの歓迎が嘘のように殺気立って、僕らを睨み付けていた。
あいたたた。
やってしまった。
考えてみれば予想できない事態ではない。
フォトンの無限復元は人を人足らしめる魔術だ。
であれば無限復元が魔術で無理矢理おもちゃに変えられた元人間たちに対してどういう結果をもたらすかは天の理あるいは地の自明だ。
で、結果老衰しかかっていたところでおもちゃになり寿命を延ばしていた老人が一人死にかけている。
おもちゃにとってこれは脅威だろう。
理不尽と言い換えてもいい。
まぁ……、
「知ったこっちゃないけどね」
そういうことになる。
別におもちゃになって寿命を延ばすのが悪いとは言わない。
代わり……と言っては何だけど無限復元でおもちゃの呪いが打ち消されることも悪いとは思わない。
そう云う意味では負い目を感じ入る必要なぞ全く無いのである。
「で? 殺気立つのは良いんですがどうするおつもりで?」
これはフォトン。
言っている内容も正当性がある。
元より人間にせよ人形にせよ亜人と戦える戦力ではない。
それらを鎧袖一触に屠りさった僕らへと何が出来ようか。
なおかつ可愛らしいおもちゃたちは……うさぎのぬいぐるみだったりテディベアだったり西洋人形だったり日本人形だったりブロックの塊だったりセルロイドのソレだったりと色々だ……フォトンに対して何かしらの戦力も持っていないのである。
逆に触れたら、
「自分たちまで人間に再変換される」
と内心怯えていると僕は見る。
いいんだけどさ、別に。
とはいえ宿を貸してくれとも言い辛い状況だ。
「さてどうしたものか……」
「ウーニャー!」
後頭部ペシペシ。
「ウーニャーが薙ぎ払おうか?」
「別に構いやしないけど」
「しないんだ……」
これはイナフのツッコミ。
「お互い不干渉が一番じゃないかな?」
「ですね」
ツナデが同意してくれる。
そんなわけで今晩は村にいるのに野宿と相成った。
ところでこれから形の国の王都に行くまでに生けるおもちゃたちの数は幾何級数的に増えていくだろう。
フォトンをどうすべきか。
考えなければなるまいな。