神の国28
「つまりここが地球で……人類の営みだけを変革した世界……ということですか?」
やっとこさツナデが言葉を絞り出すと、
「うん」
いとも簡潔に巫女は頷いた。
「もうちょっと詳しく教えてくれる?」
これは僕。
声が掠れているのはご愛嬌。
そもそもにして言っている内容が無茶苦茶だ。
動揺するなという方が無茶である。
「そんな特別な話ってわけでもないんですよ」
紅茶を飲みながら気負いもなくあっさりと巫女は言う。
「シュレディンガーの猫については話したでしょう?」
だね。
「神も同様だと思いませんか?」
というと?
「神は元の世界では信じられてはいたけど誰も観測は出来ていなかった。例えばそれを……神を観測できる者がいたのなら観測した時点で神を『存在する』という確率に収束できるとは思いませんか?」
それは……!
「そして神の巫女である私。つまり私こそ神を観測した者です。もっとも神といっても全知全能の絶対神には程遠いですが……」
デミウルゴス……。
「はい」
巫女は頷く。
「私の観測した神は全知全能には程遠い存在でした。あえて表現するのなら幼知万能……といったところでしょうか。幼い知識を持ち万能を振るう御手です。故に普遍的唯一神の名を付けることが躊躇われ……私はその高位存在をデミウルゴスと名付けました」
ということは……。
「そうですね」
巫女は首肯する。
「この場合はエヴェレット解釈が正解ですね。私がデミウルゴスを観測したソレと観測しなかったソレに世界は分かたれたんです」
なるほどね。
納得。
「で、デミウルゴスが観測されて世界が変革された、と」
「正確には私が関わっているんですが」
ん?
「先にも言ったようにデミウルゴスは幼知万能です。幼知……知能が幼い。そんな存在が世界を整えることが出来ると思いますか?」
じゃあどうやって?
「魔術で天使……なんですよ……」
魔術?
天使?
「魔術はどういうモノか知っていますか?」
たしかデミウルゴスに想像と宣言をすることで不条理を叶えてもらう技術だよね?
「はい。では天使は?」
デミウルゴスが触角として生み出した存在だよね?
「そうです。そして私は天使と魔術の中間みたいなものです」
どゆこと?
首を傾げる僕に、
「つまり能動的か受動的か……天使と魔術の違いはそれだけなんです」
あい?
やっぱり首を傾げてしまう。
「能動的にデミウルゴスが人間を理解しようとする行為……それが天使です。そして受動的にデミウルゴスが人間を理解しようとする行為……それが魔術です」
えーと……つまり……、
「積極的に人間観察をする触角である天使が能動的で……人間の側から情報を送ってソレに応えることで人間観察をする魔術が受動的……」
ということかな?
「はい。それで合ってます」
さっぱりと頷かれる。
何だかなぁ。
それで巫女が天使と魔術の中間というのは?
「幼い知能しか持っていないデミウルゴスは基準とする知能を欲しているんです。それが私なんですよ」
ようとわからんのですが?
「つまりデミウルゴスは私という基準を以て世界を変革したのです。私はファンタジー世界に憧れを持っていた女子高生でして……神を観測することで神の実体化を促した。そして私の願望を魔術として受動的に受け入れ、私を理解しようと能動的に私の思うとおりに世界を変革せしめた。言ってしまえばただそれだけのことなんです」
…………。
「つまり私は神の眼となり世界を多世界解釈で分岐させた張本人なんですよ」
「は~……」
ポカンとして僕は吐息をついた。
信じられない話ではあるけど説得力はあった。
天使。
即ち能動的なデミウルゴスの理解。
魔術。
即ち受動的なデミウルゴスの理解。
そして能動的かつ受動的な能力で地球の……その人類の営みを変革した。
それが巫女。
神を観測する者。
「あのう……」
と異世界ガールズ。
「言っている意味がさっぱりわからないんですが……」
本音をぶちまけられる。
まぁね。
だろうね。
「ウーニャー! ウーニャーはわかったよ?」
「偉い偉い」
僕は僕の頭上に身を置いているウーニャーの頭を撫でる。
「ということは……」
これはツナデ。
「エヴェレット解釈が正しいとするのならツナデとお兄様が元いた世界も無くなったわけじゃないんですよね?」
「然りです。今も多世界としてマサムネとツナデがいた世界は平和に運営されているはずですよ?」
あっさりと巫女はそう言った。
何だかなぁ……。