神の国18
光の国の軍隊に襲われて一分が経過した。
僕の意識ではその三倍……三分を過ごした。
アインシュタイン曰く、
「熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。ところが可愛い女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性というものです」
ということだ。
僕と光の国の軍隊とでは流れる時間がまるで違う。
ある意味で相対性理論だ。
そして僕が僕の時間に沿って光の国の軍隊の半数以上を踏みにじったことに対しては言い訳の余地も無い。
何しろ鎧も盾も僕の刀の前には無用の長物だ。
むしろ機動性を確保できないだけマイナス要素でさえある。
そんな兵士たちの半数以上を切り捨てた。
血が流れる。
負傷者が積み上がる。
一般人にとっては悪夢な光景だろう。
いや……、
「…………」
兵士さんたちにとっても悪夢だろう。
血を拭きだして無力化される同僚。
肉を切断されて無力化される同僚。
肢を分断されて無力化される同僚。
そしてその原因たる僕は飄々としているのだ。
残る四百数十名の兵士は恐怖という名の檻に閉じ込められたも同然だった。
王命によってマサムネを殺さねばならない。
それが前提条件。
そのマサムネが超戦略級の戦術能力を持つ。
それが後述条件。
王命と現実の境目にて心が揺らぐのはしょうがないことだったろう。
既に光の国の王都守護の軍隊……その千人の内の半分が一分の間に灼き斬られたのだ。
命と王命とを天秤に預けて、王命に傾く兵士さんはそんなにいなかった。
むしろここまで来て僕に襲い掛かる兵士さんこそ驚嘆に値するだろう。
「う」
わあああああああっと叫ぼうとした兵士さんを切って捨てる。
結界内だ。
兵士さんたちに普及されている片手剣はどう見積もっても一メートルあるかないかだ。
二メートルの刀身を持つ僕の超振動兼超高熱刀とでは分が悪いにも程があるんじゃないかなぁ……なんて。
血が飛び散る。
傷口が熱せられる。
目から正気が消え失せる。
負傷者が積み上がる。
全て現実だ。
軍隊の半分が刀とクナイによって深刻な打撃を受けて王都は混乱に陥っていた。
「いやああああああああああ!」
と婦女子が叫ぶ。
「う……げええええええええ!」
と壮年男性が胃液を吐き出す。
まさに地獄絵図。
僕という個人に犯された五百数十名の尊厳の……それが価値だった。
二束三文である。
無意味に傷ついていく。
無価値に傷ついていく。
不条理に傷ついていく。
それが兵士さんたちの価値だ。
無価値とも言う。
少なくとも僕にとっては、
「ご愁傷様だね」
という感想しか出てこない。
数百名を害したことに対する負い目なぞ僕には無い。
存在しえない。
兵士さんたちは僕を殺そうとし、僕は兵士さんたちをやっちまおうとする。
結局……起こった顛末を極論すればそんなことである。
それは一種の契約だ。
やったらやり返される。
「相手を害そうとするなら自分が害されることにも文句を言うな」
そんな契約。
そしてその結果として五百人が再起不能となったのだ。
ライト王も残酷なことをする。
僕?
僕は自分の身を守っただけだ。
僕が害したとはいえ負傷の責任を僕が背負う必要は無い。
僕は二メートルに及ぶ長い刀をヒュンヒュンと振って確認する。
「まだ僕を狙う?」
「……っ!」
兵士さんたちは絶句した。
殺さなければならない。
それが王命。
逃げだしたい。
それが本音。
状況はよくわかる。
少なくとも不条理な命令に従うことに対して疑惑を覚えても不思議はない。
しょうがないから僕はオーラを展開した。
その距離……半径一キロメートル。
フォトンが王城の中で、僕のオーラを感知して絶句している様子まで明確に伝わってきていた。
苦笑してしまう。
そして僕は超振動兼超高熱刀を手放して、複雑な印を両手で結ぶ。
術名を発す。
「刃遁の術」
強力な幻覚が四百数十名の兵士さんたちを襲う。
斬撃のイメージを刻む遁術だ。
刃遁の術は四百数十名の兵士さんたちのアキレス腱に明確な斬撃のイメージを打ちこんで姿勢を崩させる。
それが決着だった。