神の国12
僕は話を続ける。
「さて……じゃあ撃ちだした電子が写真乾板にぶつかって模様を描くとする。どんな模様が出来ると思う?」
「ウーニャー……」
ウーニャーはしばし悩んだ後、
「電子銃は一個ずつ電子を撃ちだすんだよね?」
「そ」
「それが二重スリットを通して写真乾板に着弾する……」
「そ」
「写真乾板は電子がぶつかるとソレを模様として表現する……」
「そ」
「電子銃は何発撃ちだすの?」
「君が望む数だけ」
「ウーニャー……」
一個一個確認する。
その姿勢は認めざるをえない。
さすがにドラゴン。
零歳児にあるまじき頭の回転である。
「となれば……」
「なれば?」
「一発ずつとはいえ多くの電子を撃ちだして長方形の穴を通したなら……」
「なら?」
「スリットと同じ模様が描かれる……んじゃないかな?」
「ある意味で正解だけど……ここでは間違い」
「ウーニャー? どういう意味?」
「素直に二重スリットを通して電子銃が電子を写真乾板に撃ちだすと……ここで不思議なことが起こる」
「ウーニャー?」
「即ち波としての模様が刻まれるんだよ。多くの電子を撃ちだせば撃ちだすほど波紋が生まれて濃淡のある模様が描かれる」
「電子という粒を撃ちだしてるのに?」
「そう。問題はそこだよ」
「というと?」
「一発ずつ電子を撃ちだしているのに電子は波の模様を生み出す。まさにそこが二重スリット実験の本質だ。つまり、電子銃で撃ちだせるということが電子が粒子であることを定義し、写真乾板に波の模様を表現することが電子が波動であることを定義している。不思議でしょ?」
「ウーニャー? 何でそうなるの?」
「光や電子が粒と波の二重性を持っているから……って言って納得できる?」
「ウーニャー……何でそんな二重性を持っているの?」
「量子力学の問題だね。観測する者がいないから粒と波の二重性を重ね合わせとして表現しているんだよ」
「りょーしりきがく?」
「そう。量子力学」
「ウーニャー……」
「量子力学においては……ミクロな存在は《観測されて》初めてその存在を確立することが出来るんだ。」
「観測って?」
「文字通り目で観て測ること。目じゃなくてもいいんだけどね」
「ウーニャー……観測……」
「そ」
僕は肩をすくめる。
「何かしらの観測手段で以て存在を認識する。すると……その認識の方向に光や電子は定義される」
「わけわかんない」
「だろうね」
「ウーニャー……」
「例えば二重スリット実験にはこの続きがある」
「続き?」
「観測した瞬間物事は決定づけられる。これはいい?」
「ウーニャー」
「例えばここのミクロな観測手段があるとする。それは人の目でもいいしカメラなんかでもいい。カメラってこの世界にある?」
「ウーニャー? 生まれたばかりだから『かめら』なんてわかんない」
「道理だね」
「ウーニャー」
「まぁ単純に小さな小さな電子を見ることの出来る目を持った誰かがいるとしよう」
「ウーニャー」
「さて……その誰かさんが電子銃によって撃ちだされた電子が二重スリットを通過する過程を見るとする」
「ウーニャー」
「つまり観測だ。誰かさんは電子銃によって一発一発を別々に撃たれた電子を粒子だと認識する」
「ウーニャー」
「さて……この時に写真乾板にはどんな模様が生まれると思う?」
「ウーニャー……波紋じゃないの?」
「ところがどっこい」
苦笑してあげる。
「先にウーニャーが言ったように二重スリットの長方形と同じ形の模様が出来るんだよ」
「ウーニャー……?」
わけがわからないとウーニャー。
「電子が波紋を作らないの?」
「うん」
首肯する。
「粒子として観測され決定された電子は波動性を失くして粒子としてふるまうんだよ」
「ウーニャー……。つまり二重スリットと同じ形の模様を描く……と? 波紋の模様じゃなくて……? そんな馬鹿な話があるの……?」
「その不思議を解明するための量子力学なんだよ。」
「量子……力学……」
「存在の重ね合わせとでも言うのかな。観測することで決定される。逆に言えば観測されない存在は粒と波の二重性を持ったり存在の有る無しの二重性を持ったりする。馬鹿げたことを言っているようだけど……ミクロな世界ではそんなことが日常茶飯事に行われているんだよ」
「ウ~ニャ~……ほええ……」
と感嘆するウーニャーだった。
ピチョンと浴場の天井から水滴が落ちて湯船にて跳ねる。