神の国03
「は~」
僕は幸せの溜め息をついた。
そして紅茶をもう一口。
口に含み終えると、カチャンと音をたてて受け皿にティーカップを戻す。
場所は神の国の最北端……からちょっと歩いて着く小さな村。
その喫茶店。
オシャレな屋外テラス席があって、ポカポカ陽気も手伝って、僕らはお茶をすることにした。
紅茶をもう一口。
口内に奥深い香りが広がる。
うん。
美味しい。
「幸せだなぁ」
そんな僕の独白に、
「なめてんのか……!」
フォトンでもツナデでもイナフでもフィリアでもない人間が不機嫌に答えた。
要するに第三者。
荒々しい顔と表情で、軽装の鎧で身を包み、腰に鞘を引っ掛けて、手に鞘から抜き放った片手剣を持っている男だ。
戦士……それもおそらくはフリーランスだ。
傭兵や冒険者とも言う。
そして、その男の持つ片手剣の切っ先は僕の喉に向けられていたりする。
中々威力的な挨拶だ。
まぁ気にしてもしょうがないから無視を決め込んでいるんだけど。
また紅茶を一口。
そしてティーカップとぶつかってカチンと受け皿が鳴る。
戦士さんもカチンときたらしい。
「てめぇ!」
チョンチョンと剣の切っ先で僕の喉を優しくつつきながら、
「人質の自覚あんのか!」
本質を問うた。
つまり何がどうなっているかと言えば……僕は人質になっているのだった。
戦士さんの剣の切っ先が僕に向けられて脅されていることからもこれは明白だ。
じゃあ何でこんなことになっているかというと……それもこれも全ては光の国のライト王に責任がある。
何と言っても僕とフォトンと……それから追加で妹のツナデまでもが賞金首になっているのである。
僕とツナデが金貨二十枚。
フォトンは金貨五十枚。
フォトンに至ってはフォトンの魔術の師匠であり旅の最終目的地……ブラッディレインよりも高額という垂涎物の賞金首である。
それ故に僕とフォトンとツナデはバウンティハンター……いわゆる賞金稼ぎ……に狙われる羽目になったのである。
神の国は地図上では光の国に近い。
つまりバウンティハンターにとっては都合のいい塩梅となり得るのだ。
生死問わず。
賞金首によってそういうこともあり、僕らはまさにソレだった。
僕とツナデは殺されりゃ死ぬけどフォトンは煮ても焼いてもどうしようもない。
何せ不老不病不死だ。
いわゆる害的現象に対して無敵である。
褒められるようなことじゃないけどね。
ライト王としての意見は、
「マサムネやツナデを殺されたくなかったら光の国へ帰ってこい」
というものなのだろうけど、生憎と世界はライト王を中心に回っているわけじゃない。
そんなわけで紅茶をもう一口。
「ここの紅茶……美味しいですねマサムネ様」
フォトンが和やかに言う。
「だね」
僕はニコリと返す。
「お兄様……こちらのザッハトルテを食してみませんか?」
チョコケーキをフォークで切り崩しながらツナデ。
「あーん」
「あーん」
僕はチョコケーキをツナデに食べさせてもらう。
「うん。美味しい」
「ですよね」
ほんわかとツナデは笑う。
「お兄ちゃん! こっちのショートケーキも!」
「マサムネちゃん? ツナデちゃんばかり贔屓するのはお姉さん困っちゃうな」
「ウーニャー! パパ大人気!」
イナフとフィリアとウーニャーも朗らかだった。
誰も僕の喉に突きつけられている剣を気にしていない。
それが一層戦士さんの癪に障る。
まぁだから何だって感じではあるんだけど。
「よぅく聞け」
戦士さんはこめかみをひくつかせながら僕たちにようようと声をかける。
「我がマサムネの命を握っているのはわかるな?」
「はあ」
出てきたのは安穏な肯定。
フォトンもツナデもイナフもウーニャーもフィリアも、
「それで?」
と暗黙に語っていた。
「つまりだ。嬢ちゃんたちはマサムネを殺されたくなかったら我の言うことを聞く義務がある。特にフォトンとツナデ。お前らはこれから我と一緒に光の国に向かってもらおう」
「はあ」
やはり出てきたのは安穏な肯定。
そして全員が紅茶を飲み干しケーキを食べ終える。
ティータイムの終了だ。
「ツナデ……」
「何でしょうお兄様?」
「やっていいよ」
「はあ」
ターンと甲高い音がした。
戦士さんの大腿がコルトガバメントの吐き出した銃弾に貫かれる。
決着だった。
結局戦士さんは最後まで《お茶の時間が自身を守っていること》に気付かなかったのだ。
ご愁傷様。