神の国01
桜の国を抜け出た。
それを悟るのは非常に簡単だ。
永久桜の圏外に出れば別の国だから。
桜吹雪がなくなって、代わりに青々とした広葉樹の森が現れる。
その森の一部を伐採して作られた道を僕たちは南に向かって歩いている。
「で?」
薬効煙をプカプカ。
「ここは何の国なの?」
僕はフォトンに問う。
「ツナデもそれは思いました」
追うツナデ。
「ウーニャー!」
ウーニャーは相変わらず僕の頭の上。
今日も嬉しそうにペシペシと尻尾で僕の後頭部を叩く。
何だかサラブレットになった気分。
無論いきなり走りだしたりはしないが。
「マサムネちゃん知らないの?」
答えたのはフォトンではなくフィリアだった。
水流のような水色の髪を持ち、水流を操る神器トライデントの所有者。
「それは知ってなきゃいけないこと?」
僕が問うと、
「そんな決まりはないけど普通なら耳に入ってるわ」
フィリアはそう言う。
それから、
「ああ」
と勝手に納得。
「そう言えばマサムネちゃんとツナデちゃんは異世界出身だったわね」
さいです。
僕はフーッと煙を吐く。
「桜の国の南はね……」
「神の国と呼ばれています」
フィリアの言葉をフォトンが奪った。
「神の国?」
首を傾げる僕とツナデに、
「はい。マサムネ様……」
と首肯される。
「エデンの園とでも言うのかい?」
苦笑交じりの言葉に、
「何故異世界出身のマサムネ様がエデンの存在を知っているのですか?」
驚愕を隠せないとフォトンだった。
うーん。
やっぱり基準世界と準拠世界には共通点があるなぁ。
それは竜の国でも思ったことなのだけど。
「じゃあここは」
僕は地面を爪先で蹴る。
「エデンの園なの?」
「いえ、違いますけど……」
「違うんだ」
「違います」
「…………」
無言で薬効煙を吸う僕。
「エデンの園は東……それも極東に存在するとされています。最も太陽に近い場所にエデンはあると語られているんです」
それはそれは……。
苦笑してしまう。
煙をプカプカ。
「では神の国とは何でしょう?」
これはツナデ。
「一神教の総本山よ」
フィリアがニッコリとして言った。
うーん。
八十五点。
「総本山?」
「総本山」
ツナデの問いにフィリアは首肯する。
「だからね! ツナデお姉ちゃん!」
手をわたわたさせながらイナフが会話に加わる。
「この国……神の国には神託を受けることの出来る巫女が存在するんだよ!」
「巫女ね……」
苦々しくツナデは繰り返した。
気持ちはわかる。
巫女は神道の概念だ。
そしてこっちの世界における一神教は……僕とツナデの元いた世界のクライスト教に相当するものと思われる。
「そういう意味では巫女と云うのは如何なものかと」
ツナデはそう言いたいのだろう。
「しっかし……」
くゆる煙を見つめながら僕が言った。
「神託ね……」
「うん! お兄ちゃん!」
イナフは元気いっぱいだ。
「ウーニャー! パパ!」
ウーニャーも元気いっぱいだ。
「総本山っていうのは巫女を奉っているからそう呼ばれているだけで本当の意味での神の国……エデンの園とは別物!」
「なるほどね」
だいたいは悟る。
「お兄様は神を信じていらっしゃいますか?」
「神が真に慈愛に溢れているなら向こうの世界での僕の立場はどうなるのさ? あるいは餓死者や自殺者が年々増え続けている意味もね」
「ですね」
まぁ元々日本人は宗教に対して淡泊だ。
乱暴に言うのなら現実主義……と言っても良いくらいである。
そもそもにして金持ちと言えば貴族か宗教家だ。
そんな一部に都合のいい世界に神はいないというのが僕の答えだった。
不敬ではあるだろう。
知ったこっちゃないけどね。