桜の国23
永久桜に浸食された舗装されていない道を歩いていると急に視界が開けた。
それまで頭上の色は空の青ではなく埋め尽くさんばかりの桜色だったのだけど、視界が開けると同時に空の色が青を取り戻す。
開けた場所に出た。
そう思った瞬間、僕の眼に血よりも深い朱色が飛び込んできた。
「……っ!」
驚愕する僕。
それは旅のお供も同じだったようだ。
「「「「「あれが……!」」」」」
フォトンにツナデにイナフにウーニャーにフィリアが感嘆の吐息をつく。
朱桜があった。
朱色に染まった永久桜。
血飛沫のように朱色の花弁が散っては舞う。
それがまた空の青と対照的で感慨を呼ぶ。
朱桜は町の中心にあった。
町……でいいのだろうか。
村というほど狭くはなく、しかし町というほど広くもなく。
その折衷ととっていい広さ、大きさ、発展具合を持つコミューンだった。
なだらかな丘となっている村の最高地点である中央に朱桜は立っていた。
おそらく村のどこからでもその朱色は見えることだろう。
朱桜を中心に村は発展しているのだった。
「ああ、私疲れちゃった。マサムネちゃん、お茶しない?」
「そうだね。朱桜の見えるところでお茶出来れば最高だね」
王都の団子屋みたいなところはさすがに無いだろうけど。
村人たちは唐突にやってきた僕たちを歓迎してくれた。
その村人に茶屋と宿を紹介してもらった。
僕はチェリー王の言葉に半分ほど身構えたけど村人はどこまでも穏やかだった。
まぁ朱桜を見た者がいなくなるっていうのは風説の流布だ。
確信あってのことじゃない。
というわけで僕たちは茶屋でお茶を飲むのだった。
テラス席があり、清々しいまでの青空に朱桜と永久桜の花吹雪が彩りを添えている。
中々興味深い風景だった。
夜になると朱桜が発光するのは本当かと茶屋の店主に聞いてみると肯定が返ってきた。
ならば夜こそ朱桜の本質だろう。
そう思いながら僕たちはお茶を飲むのだった。
ちなみに話は変わるがフィリアが旅のお供に加わることで僕らは風呂の心配をすることがなくなった。
水を自在に生み出し操るトライデントを持っているのだ。
身を清めるのもお湯を作り出すのも洗濯もトライデントがやってくれるのだ。
だから別段川に寄り添って旅をすることも無くなったのである。
魚が食べたいときはその限りじゃないけどさ。
閑話休題。
僕はお茶を飲みながら言う。
「とりあえず宿にチェックインして寝よっか」
「ウーニャー! なんで!」
僕の頭に乗ったままペシペシと僕の後頭部を尻尾で叩くウーニャー。
「だって夜こそ朱桜の真骨頂でしょ? 夜の闇の中でも光り輝く朱色の桜。やっぱり見るなら夜だと思うんだよね」
「ウーニャー。なるほど」
「それにお風呂にも入りたいしね」
言って茶を飲む僕に、
「ねーえ?」
とフィリアが口を挟んできた。
「お湯なら私が提供してるでしょ? 何をそんなに……」
「フィリアとトライデントには感謝してるよ」
僕はグイとお茶を飲みほすと、想像創造をして、
「木を以て命ず。薬効煙」
と世界宣言をした。
宣言通りに世界が変質して僕の手元に薬効煙が生まれる。
さらに想像創造……後の世界宣言。
「火を以て命ず。ファイヤー」
宣言通りに世界が変質して僕の手元に火が生まれる。
僕は薬効煙に火をつけると煙を嗜む。
「でもま……気楽に湯船につかれる状況ってのは魅力的でね」
「私の視線が気になるってことなのかな?」
「そうとってもらっても構わないよ」
屈託なく言う。
「ふ~ん……」
フィリアは拗ねたようだった。
「そう言えば最近マサムネ様とお風呂を共にしていませんね」
茶を飲みながらフォトン。
「お兄様! まさかツナデと合流するまでフォトンと風呂に入っていたのですか!?」
…………。
うーん、と悩んだ後、
「ま、ね」
肯定した。
「お兄ちゃんの裏切り者!」
憤慨したようにイナフ。
濡れ衣である。
「別にナニをしたってわけじゃないから」
言い訳としては弱いけど他に言い様もない。
「もちろんツナデともお風呂に入ってくれますよね? 向こうの世界と同様に……」
それをここで言うのかツナデ。
「マサムネ様、ツナデの言は本当ですか!」
「お兄ちゃん!」
「ウーニャー!」
「マサムネちゃん?」
責めるような女の子たちの視線。
「ふふん。ツナデとお兄様の絆は永遠不変です。ツナデだけがお兄様の傷を癒せるのですから」
「ともあれ」
閑話休題。
僕は薬効煙をプカプカ。
「宿をとろう。お風呂なら誰彼構わず入ってあげるから」
そして僕は煙をプカプカ。