桜の国21
水色の髪と瞳とドレス……それから豊満な胸を持ち、三又の槍を手に取る二十代前半の美女は僕らを見回して、それからニッコリと笑った。
「どうも。私はフィリア。よろしくね」
ポカンとする僕は状況についていけてない。
そして水色の美女……フィリアは僕に視線を固定した。
「ねえ少年……マサムネちゃんでしょ? 金貨二十枚の賞金首……」
「そうだけど」
僕が受け答えると、フィリアは僕に向かってツカツカと歩み寄って、身構える僕にキスをした。
「ふえ……?」
またしても僕はポカンとする。
「君を探していたの。何せ私の伴侶となるべき人だからね」
皮肉気に唇の端を吊り上げる美女……フィリア。
「どういうこと?」
「マサムネちゃん……あなたの手配書を見て私は心を奪われた。これほど苛烈に慕情を持ったのは初めてなんだよ。だからマサムネちゃんには私の慕情に見合う対応を求めるわ」
「つまり僕に惚れたってこと?」
「うん。その通り」
「でも残念。僕には大切な人がいる」
「ああ、そっちのかしまし娘の誰か……ね」
納得するようにフィリア。
「じゃあ……」
と言った瞬間、僕とツナデはフィリアの表情の筋肉から殺意を見て取った。
ツナデの反応は早かった。
両手で複雑な印を結び術名を発する。
「雷遁の術!」
術の発動まで一秒にも満たない。
「が……っ!」
幻覚の雷撃を受けるフィリア。
僕が印を結び術名を発する。
「雪遁の術!」
次の瞬間、猛烈な吹雪の幻覚がフィリアを襲った。
霧遁の術でもよかったけどどちらにせよ逃げるに好都合な遁術には違いない。
今の内に逃げようと僕が言う前にフィリアが三又の槍を構えて言葉を紡ぐ。
「タイダルウェーブ」
その言葉に呼応するように……高さ五十メートルを超えるあまりに巨大な津波が地上に具現化した。
「津波……! フィリア……! 三又の槍……! まさか海王ポセイドン……トライデントのフィリア……!? 火竜王を殺した……!」
「だね。赤竜王を殺したのは私よ?」
当然とばかりにフィリアは言う。
そしてフォトンが叫んだ。
「マサムネ様! ツナデとイナフとウーニャーを連れて空間破却を行なってください!」
「それより先にフィリアを殺すべきじゃ……!」
「無理です! 今フィリアを殺せばトライデントによる津波はコントロール不能になって全てを押し流します! 逃げるしかないんです!」
そうこう言っている間にも津波は襲ってくる。
「我金を以て世界に命ず! サイクロン!」
そのフォトンの宣言通り、嵐が竜巻を伴って具現化した。
その竜巻は津波の水を巻き上げて天空へと誘う。
「トライデントの威力に対抗できるのは私の魔術の他にありません! マサムネ様においてはツナデとイナフとウーニャーを連れて私から半径十キロメートル以上の範囲に空間破却で退避してください! 後は私がやります!」
「わかった」
膨大な水を操り津波さえ起こす神具に対抗するには確かに僕では不可能だろう。
だから僕は右手にツナデを、左手にイナフを、頭にウーニャーを、それぞれ握らせて、
「闇を以て命ず。空間破却」
と世界宣言をした。
そして僕たちはフォトンの半径十キロメートル……一万メートルの範囲外に空間跳躍をするのだった。
正確にはフォトンから十・五キロメートル離れたことになる。
それを確認してだろう……地面から岩の刃が無数に飛びだした。
フォトンの土魔術……アースソードだろう。
半径十キロ……直径二十キロの範囲に岩の刃を発生させモズの早贄を創りだす魔術だ。
しかしてそれで決着がつかなかったのだろう。
次は太陽の如き……僕も見たことのある魔術だ……巨大なファイヤーボールが十キロ先で生まれた。
光の国の要塞都市でも見たことのある魔術である。
その威力は推して知るべしだが、ともあれそれが撃ち込まれ、しかして膨大な水の壁に阻まれて爆発まではしなかった。
おそらくフィリアのトライデントが水を操ってファイヤーボールを相殺したのだろう。
属性的に相性が悪い。
と、思った瞬間、雷鳴が響いた。
ドカンと雷鳴が起こりバチバチと雷光が閃く。
おそらくフォトンの木魔術……直径二十キロに雷撃を発生させるディバインストライクだ。
そしてフォトンの魔術の威力のことだ……真水の耐性など問題にならないほどの電圧に電流なのだろう。
それこそ雷撃と同義かそれ以上の威力なのは間違いない。
半径十キロの永久桜を焦げ散らしたディバインストライクが起こって五分ほど待ったけどそれ以上フォトンの魔術は起こらなかった。
フォトンの木火土金水の魔術はどれも強烈で遠くから見ても確認できるほどだ。
それが収まったのだから決着がついたということだろう。
僕はツナデとイナフとウーニャーに触れると空間破却を使ってフォトンの元へと空間を跳躍した。
「あ、マサムネ様……」
フォトンが僕に気付く。
「決着……ついたの?」
「ええ、御覧の通り」
手を振るフォトンの仕草につられて視線を移せば、雷撃によって焦げたフィリアの遺体がそこにあった。
「無茶苦茶だね……フォトンの魔術は……」
「褒め言葉と受け取っておきましょう。それよりどうします?」
「どうしますって言われてもね……」
僕は困ったように頬を掻いた。
やることは一つしかないと思うけど。