桜の国19
「結論から言えば……」
二日後。
僕は薬効煙をスルスルと吸っていた。
場所はチェリー王の私室。
僕と僕の頭の上に乗っているウーニャー以外……つまりかしまし娘とチェリー王はトランプに興じていた……ババ抜きである。
「ブラッディレインの居場所……あるいは痕跡は見つからなかった。まこと申し訳ない」
と言いながら相手からカードを引くチェリー王。
表情の筋肉がモロにチェリー王がババを引いたのを教えてくれた。
ツナデも気付いただろう。
「まぁ期待はしていませんでしたが……」
これはフォトン。
「もうちょっと大陸の東の方にいるのか……」
「あるいは別大陸にいる可能性も考えた方がいいかもね」
これはツナデとイナフ。
「そんなに焦る案件でもないのでいいんですが」
さっぱりとフォトンは言う。
僕は煙を嗜んだ。
「ウーニャー! でも危険なんでしょ! そのラセンって!」
僕の後頭部をペシペシと尻尾で叩きながらウーニャー。
「殺した相手を生き返らせるアフターケアが信条なので危ないかと言われるとどうでしょうね?」
「ウーニャー。ウーニャーでも勝てない?」
「互角でしょう」
「というと?」
「ウーニャーのレインボースケイルは木火土金水光闇の全ての属性を防ぐ鉄壁の鎧です。故に魔術で傷をつけることが出来ません。対してラセンも無限復元を持っており全属性攻撃たるレインボーブレスでもっても回復速度が勝るでしょう。つまり互いが互いの攻撃手段より防御手段に優れていることになります。なので互角……と」
「ウーニャー。なるほど……」
ペシペシとウーニャーは尻尾で僕の後頭部を叩く。
「それよりチェリー王さん」
とこれはイナフ。
「何じゃい」
「桜の国特有の観光地ってないの? 永久桜の桜吹雪も風情があるけど永く続けば退屈の種だよ」
僕もそれは思っていた。
観光旅行が僕らの旅の最優先事項だ。
しかして桜の国というからには桜くらいしか見るものが無いと諦めていたところだったのである。
「無いではないが……」
「あるの?」
「うむ……」
歯切れも悪くチェリー王。
「王都から南の街道を通ればとある村につく。その村には深紅に染まり夜の闇の中でも輝く朱桜と呼ばれる桜の樹があるそうだ。余は直接見たことはないのだが、月夜の晩に見る分には夜の闇さえ払拭するほどの朱色に輝き神秘的で蠱惑的だということらしい……」
「朱桜……! その話は本当ですか!」
「本当らしい。ただ……」
「ただ?」
「これは噂だが夜の朱桜を見た者は消されてしまうという噂がある」
「消されるって……」
殺されるってことだろう。
「あくまで噂なんだよね?」
イナフが当然の問いをする。
「実際いくらかの商人が朱桜を見に行って帰ってこなかった……などの噂もあるらしい。故に軍隊を動かしてその村に滞在させたこともあったのだが結果は何も無し。誰が消えることも殺されることもなく村人たちに不審なところも無かったらしい。結局軍隊は問題無しと判断して無事王都に帰還した」
「それは……」
不思議な話だ。
仮に村人たちが犯人なら軍隊と戦うほどではないが故に手を出さず、朱桜を見に来た少数勢力を殺しているととることも出来ないではないけど……。
僕は煙をプカプカ。
「じゃ、行ってみようか」
そんな僕の言葉に、
「はい。楽しみですねマサムネ様」
「お兄様の行くところがツナデの行くところです」
「お兄ちゃんについていくよ!」
「ウーニャー! 朱桜……楽しみ!」
彼女たちは応えてくれるのだった。
「大丈夫ですか? 危険かもしれないんですよ?」
「あー、まぁ……村人如きに後れをとるメンツじゃありません故……」
「もっと不思議な力が働いているのかもしれないんですよ?」
「何とかなるでしょ」
僕は気楽に言った。
煙を吸って吐く。
「夜に輝く朱桜……話が本当なら見ないと損だしね」
「どうせこの後は南に向かう予定でしたので旅の途中でいいかもしれませんね」
「異議なし」
「右に同じ」
そんなわけで僕たちは輝く朱桜を見るために南に下りることになったのだった。
「…………」
僕は薬効煙を楽しむ。
「上がりです」
ババ抜きの一番手はツナデだった。
そりゃそうだ。
ジョーカーの行方がわかっているツナデにババ抜きは圧倒的有利な立場である。
そしてツナデにカードを引かれる立場……この場合イナフ……が最も不利な状況なのだ。
ウーニャーはペシペシと僕の後頭部を尻尾で叩く。
このゲームが終わったら王都を脱することになるだろう。
ま、参加してないからどうでもいいんだけどさ。
僕は煙をスーッと吸うとフーッと吐く。
僕の吐いた煙が中空に放り出されて撹拌した。