桜の国10
さすがに桜の国というだけあって大商都にも永久桜の樹は浸食している。
ただしマイナス面ばかりではない。
街中どこに行っても桜吹雪が見れるのだ。
煉瓦や土の建物と桜吹雪の光景とがアンバランスで奇妙な感慨を覚える。
既に嵐は去っていた。
天に昇る太陽は爛々と桜を照らしていた。
「ところでフォトン」
「何でしょうかマサムネ様?」
「なんで桜吹雪が起きているのに永久桜の花は散らないの?」
「散ってますよ?」
散ってるんだ……。
「ただし散ったその場で新たな花弁がまた生まれるというだけです」
なるほどね。
僕は永久桜の一本に手を伸ばす。
掴んだのは散った桜の花弁。
止むことのない桜吹雪はある意味で嵐とも言えるだろう。
僕は吹く風に掴んだ桜の花弁をさらわせると歩を進めた。
目的は冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドと一口に言っても内約は様々らしい。
選ばれた人間しか入れない敷居の高いギルド。
会員証を持って初めてメンバーとなれるギルド。
来る者拒まずのギルド。
僕たちが目指しているのは来る者拒まずのギルドである。
報酬は会員制のギルドには劣るもののクエストを受けるのに選抜を必要としないのは魅力的だった。
そもそも金なんて余りあるほど持っている。
足りなくなれば魔術で作ればいい。
……違法だけど。
そんなわけで会員証の必要ないモグリの冒険者ギルドへと僕たちは足を踏み入れるのだった。
肩に乗った桜の花弁をパンパンと払って中に入ると、ザワリとギルドの建物の中にいる冒険者たちがどよめいた。
まぁ気持ちはわからないでもない。
深緑の髪を持つ美少女……フォトン。
黒い長髪を持つ超美少女……ツナデ。
絶世の美貌を持つエルフの血を半分受け継いでいる金髪碧眼のハーフエルフ……イナフ。
そして僕の頭に乗っている虹色の鱗を持つドラゴン……ウーニャー。
そんな連中が決してガラがいいとはお世辞にも言えない底辺の冒険者ギルドに顔を出したのだ。
驚くなというのが無茶だろう。
「ウーニャー。何だかウーニャーたち注目されてない?」
「ウーニャーが可愛いからね」
僕はウーニャーをからかう。
「ウーニャー可愛い?」
「そりゃちっこいドラゴンなんて可愛いに決まってるでしょ」
「えへへ。パパに言われると何だか照れるね」
ウーニャーはペシペシと尻尾で僕の後頭部を叩いた。
まぁともあれ。
酒場としても機能しているのだろう……昼間からテーブルに着いて酒を酌み交わす冒険者たちも多数いた。
もっとも今に限っては酒を呑むのも忘れてギルドの冒険者たちは僕らを凝視しているのだけど。
こういうのは気にしても始まらない。
僕たちはギルドの店主と思しき……カウンターの席に肘をついて興味深げに僕たちを見つめる女性に声をかけた。
言葉を発したのは僕ではなくフォトンだ。
こういうのはカラクリを知っている人間に任せるに限る。
「すみません。桜の国の王都に行きたいのですが、そっち方面への護衛を必要としている馬車持ちの商人はいませんか?」
「馬車持ちの裕福な商人は大抵会員制のギルドに依頼するものなんだけどね」
なるほど。
ギルドの女性は壁の掲示板へと歩み寄り、いくらか検分した後、一枚の紙をフォトンに渡した。
「これでいいかい?」
僕とツナデとイナフはフォトンに渡された紙を覗き込む。
「桜の国の王都までの馬車の護衛。報酬……食事の提供……」
つまり金は出さないけど食事の面倒を見てくれるということだ。
僕らは目で合図をした。
全員が肯定。
「これでいいです。このクエストを受けさせてもらいます」
フォトンが店主にそう言った。
「じゃあ一応名前を聞いてみていいかい? 向こうに紹介しないといけないからね」
「私はフォトンと言います。こちらの男性が私のバーサスの騎士たるマサムネ様で、こちらがツナデ、こちらがイナフ、そしてマサムネ様の頭に乗っているドラゴンがマサムネ様のバーサス……ウーニャーです」
「深緑の髪……フォトン……。マサムネ……だと……?」
「それがどうかしましたか?」
わからないと言うフォトンに、
「これ!」
と店主はビラを突きつけるのだった。
「はん」
「ほう」
「へえ」
「はあ」
「ウーニャー! パパとフォトンだね!」
ウーニャーの言が正しい。
僕とフォトンが賞金首としてビラに乗っていた。
賞金額は僕が金貨二十枚……フォトンが金貨五十枚。
どちらもデッドオアアライブだ。
つまり死体でも換金してくれるということだ。
まぁフォトンを殺すのは無理だろうけど。
そして、
「マサムネだと……!」
「フォトンだと……!」
ギルドに吹きだまっている冒険者たちが驚愕した後、ランと瞳を燃やした。
「金貨二十枚……!」
「金貨五十枚……!」
どうやら冒険者たちは僕とフォトンにかけられた賞金に目がくらんだらしい。
気持ちはわからないでもない。
フォトンやツナデが金貨を何枚も持っているから感覚がマヒしているけど金貨の二十枚や五十枚は単純に大金だ。
剣を抜く冒険者がいた。
斧を構える冒険者がいた。
弓を引く冒険者がいた。
虚空に向けて拳を放つ冒険者がいた。
ギルドの冒険者たちが大金に目がくらんで僕とフォトンに殺意を向けるのだった。
「ウーニャー。パパ大人気!」
ウーニャーは気楽でいいね。
「やれやれ」
僕はポキポキと拳を鳴らす。
「どうしますお兄様……抵抗なさいますか?」
問いかけるツナデに、
「僕一人で十分だよ」
僕はそう言ってフォトンとツナデとイナフを背後にやる。
「十把一絡げにやられる僕じゃないしね」
そんな僕の言葉にピシッと空間がひび割れた。
「「「「「上等!」」」」」
と僕の挑発に答える冒険者たち。
中略。
僕を狩りに来た冒険者たちを僕は全て叩きのめしたのだった。
ポカンとする十把一絡げ。
「それで店主さん」
僕はニコリとギルドの店主に微笑みかける。
「そのクエストを受けると商人に話をつけてくれませんか?」
「ああ……はい……」
狐にからかわれたような表情で店主はコクコクと頷いた。