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ヤカツの血  作者: 十和
9/13

第9話 振り返ってみれば

「いやー、いろんなことあったよね」

「……まぁ、そうかもな」


 確かにこの一年は今までに経験したことのないイレギュラーの連続だった。主に目の前の人物のせいで。

 特に、一体なんなんだと思った数など計り知れない。

 同意すると、飛鳥は嬉しそうな顔をした。


「おっ、気が合うねー」

「俺がそう思うのは主にお前が原因なんだが」

「いーじゃんいーじゃん。何かしら感じてくれてるなら嬉しいよ」

「……わからないな」


 自分が彼女に対して何か思うことが、彼女は嬉しいと言う。

 それが好意的な感情に限らなくても構わないのだという。

 普通は好意的な感情を向けられたいと思うものではないのか。しかし彼女は自分に対してそういう類いの発言をしたことは無い。

 ……そういえば、それがどうしてなのかは聞いたことがなかった。


「俺がお前をどう思っていても本当に構わないのか。一年経って、まだ何を考えてるかもわからないような男の側にいるつもりか?」


 飛鳥はそれを聞いて少し驚いたような顔をした。しかしそれがみるみるうちに喜色に彩られていく。その様子を見て悟った。

 ああ、これは来る。わけのわからない発言の前触れだ。

 それに感付いてしまうのは、はたしていいことなのか悪いことなのか。

 ある意味、悲しいことなのか。

 それでも彼女が何も言わずこちらを窺いまくるのよりはいいかと思う。あれは本当に気になるし、らしくなさ過ぎて違和感がものすごい。

 そう思ってしまう辺りも、彼女に変えられたところの一つか。


「嬉しいねー。聞くってことは少しでも興味を持ってくれたってことだからさ」

「それが好意的な感情でなかったとしてもか」

「もちろんそうだったらいいなとは思うよ? でもそうじゃなくても嬉しい」

「……」

「いいんだよ、なんとなく気になったからでも、単純に疑問に思ったからでも。少なくとも何も聞かなかった頃より気にしてくれてるってことだからさ」

「そういうものか」

「そうだよ。仮にどうしても私が嫌いでしょうがなくなったなら、まぁそれは仕方ないよね。その時は諦めるしかないよ。だけど少しずつでも仲良くなれる可能性があるなら、どんなに時間がかかったっていい。最初から好かれたいなんて高望みしないよ」

「……嫌いなわけじゃないといつも言ってる」

「うん、ありがとう。今はね、薫から『嫌いじゃない』って言葉が聞けたり、いろいろ質問してもらえるのが嬉しいよ」


 その言葉を聞いて、自分の中で一つの結論が出た気がした。

 おそらく、飛鳥に対してどうして自分の側にいるのかと聞くのは意味がない。

 自分が完全に飛鳥を嫌いにならない限り、彼女は離れはしないと言った。


「……ならお前は、やっぱりずっと俺の側にいるんだな」


 そして自分は、この先も彼女を嫌いにはならないだろう。

 自分に嫌悪するものなど存在しない。……執着するものを持てないのと、同じように。


「それは嫌いにならないって言ってくれてるのかな、嬉しいなぁ。テストとか嫌なことあってもさ、こういう嬉しいことがあれば頑張れるねー」

「……そうか」

「そうですよ。じゃあ遅くなっちゃうし、そろそろ帰ろっか。また明日から普通通りの時間割だし」


 飛鳥はそう言って立ち上がる。

 鞄を肩にかけると、反対側の手を差し出してきた。


「薫、行こう」


 その手を借りなくとも、立ち上がることはできる。けれど今では、それを自然なことと受け入れていた。

 彼女はそういうものだと、納得してしまっている自分がいるのだ。


「……遅くなったのはお前に付き合ってたからなんだけどな」

「あはは、ごめんごめん。久々に会えたからさ、いろいろ話したかったんだよ。今度ジュースか何か奢るから」

「別にいい」


 触れた手は、やけに温かかった。




 いつもの交差点に着くまで、互いにあまり話すことはなかった。

 しかし飛鳥の横顔は満足そうだったため、おそらく教室で話し込んで気が済んだのだろう。そして、自分はもともと話題など持ち合わせていない。

 飛鳥はいつものように、別れる前にこちらへと向き直る。


「じゃあ、また明日ね」

「ああ」

「……ねぇ薫」

「なんだ」

「私は、忘れないよ」


 何の話なのか、一瞬わからなかった。

 飛鳥は微笑んでいるが、その目には真剣な光がある。


「薫は卒業したら自分のこと忘れるなんて言うけどさ、私は忘れないよ」

「……」


 その言葉に、何も返すことができない。

 飛鳥は確かに忘れないだろう。だがそれは自分が何もしなければの話だ。

 彼女の意思に関わらず、卒業後には自分の記憶は消える。たとえ、彼女がそれを望まなくても。

 ……もし全てをぶちまけたら、彼女はどうするだろう。忘れたくないと、消していくなと言うだろうか。


「……そうか」

「うん。てかさー、いくら頭が良くなくてもこんなに顔合わせて話し込んでる相手のこと忘れるわけないって」

「良くなかったのか」

「え、拾うのそこ?」


 彼女は真剣な目から一転して、おどけたように「ひどいなぁ」と笑う。


「まーいいけど! お疲れー」

「ああ」


 しばらくその後ろ姿を見送る。そこで不意に、気付いた。


「どうしてもしも全てを話したら、なんて思ったんだろうな」


 もしもも何も。端からそんなことをするつもりは、無いはずなのに。


「……あいつなら何を話しても信じそうだとでも、思ったのか?」


 いくらなんでも、限度はあるだろうに。軽く溜め息を吐いて踵を返した瞬間――唐突に、それは来た。


「っ!」


 喉に、鋭い痛みが走る。思わず鞄を手放し、喉を押さえた。

 が、始まりと同じように、一瞬にしてそれは消える。

 よろけた体勢を立て直し、喉を擦ってみるが、特に異常などは感じられない。


「な、んだ……?」


 飢えの不快感とは違う。死にかけた時に味わった、喉が灼熱しているような感覚ともまた別だ。

 今まで経験したことのない明確な『痛み』だった。


「……」


 とりあえず落とした鞄を拾って立ち上がる。本当に一瞬だったが、気のせいということにするにはそれは鮮烈に過ぎた。


「……一応、今日のうちに血を取り込んでおくか」


 どういった対処をすればいいのかわからないが、何もしないよりはマシだろう。

 とりあえず適当な裏路地でもぶらつけば『何か』には会えるはずだ。

 そう判断して、歩き出した。


お気に入り登録していただいた方、ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。


ようやくここで一区切り。

次回は閑話を挟みつつ、新章に入る予定です。


これからもよろしくお願いします!


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