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ヤカツの血  作者: 十和
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第8話 薫、折れる

「……あの」

「……」

「電話、聞こえた?」

「『わかりました』と礼を言っているところは聞こえた」

「そ、っか……」


 そう言うと再び俯く。内容を聞かれたくない電話だったのだろうか。

 盗み聞きするようなつもりは全くなかったし、終わらないようなら諦めて引き返そうと思っていたので弁解しておく。


「……内容を聞こうと思ったわけじゃない」

「あ、そんなこと心配してたわけじゃないよ! 意外と気にしやなんだねー」


 飛鳥はへら、と笑って腕を軽く叩いてきた。

 それは一見いつもと変わりない態度に見えるが、ならあの視線と気配の嵐はなんだったというのか。

 その辺りをいざ口にしようとすると、どうまとめればいいのかと迷う。


「……」


 苦し紛れにふっと視線を逸らした先に、玄関の裏手の駐輪場が見えた。あの先の道を辿れば裏庭に着くんだったな、と意味もなく思う。

 ……裏庭、か。


「……俺は」

「? うん」


 飛鳥はいきなり話し始めた自分に少し驚いたような顔をしたが、素直に耳を傾けてくれた。


「卒業したら、きっと誰の記憶にも残らなくなる。だから誰とも進んで関わるつもりはなかった」

「……」


 やがては人の立場を捨て、元の生活に戻るつもりだった。それと同時に今まで『柳田薫』として関わった人間達から全ての記憶を消す。

 少々骨は折れるが、行方不明扱いになって騒がせてしまうのは本意ではない。世話になった対価だとも思っている。

 柳田薫なんて息子はいなかった。柳田薫なんて生徒はいなかった。柳田薫なんてクラスメイトは、最初から存在していなかった。

 自分がいなくなった後も変わらず、彼らが安寧に日々を過ごしてくれれば、それでよかった。

 だからこそできるだけその人数を減らすために、人との付き合いを最小限にとどめていたのだ。多く関われば、その分消さなければならない記憶も増える。それは双方にとって好ましくはない。

 ……だがそんな理由を話したところで、とても信じられるわけがないだろう。だから最低限、しかし彼女が納得できるように言葉を選んでいく。

 彼女は黙ったまま、真っ直ぐに、自分の目を見つめていた。


「友人は必要ないとか、少し意固地になってお前を無視したり避けたりしたのは、それが理由だ」

「……うん」


 そう。それが理由。

 それが理由……だった。


「お前が嫌いだとか、そういうわけじゃない」

「うん」

「助けてもらったら礼を言うし、感謝だってする」

「うん」

「だから、言いたいことがあるなら妙な遠慮をしないでくれるか」

「う、え?」


 自分は今まで、ほとんど何も飛鳥に伝えることはなかった。

 彼女に何かを要求するなら、彼女の質問にも答えるべきだろう。言葉にするべきだろうと思う。

 だから、あの日裏庭で口にすることのなかった疑問の答えを。

 お世辞にも上手くまとまったとは言い難いが、要は伝わればいいのだ。


「チラチラ視線を向けられるのは気が散る。それが毎日毎日懲りもせず付いて来てた奴なら、なおさら」

「それって……」


 飛鳥は何かを期待するように目を輝かせている。

 なんだその目は、と思いつつ彼女への要求を口にした。


「もう関わるなとは言わないから、要らない気を回すな」

「……!」

「どうせ卒業したら忘れる。それでも構わなければ、来たい時に来ればい」

「やったー!」


 言い終わらぬうちに軽い衝撃に襲われ、思わず目を瞬かせる。

 今まで目線の先にあった飛鳥の顔が無くなっていた。かわりに顎の下に頭が見えるのだが、これはなんだろうか。

 ついでに背中にも何かが回されるような感触を感じたのだが、これはなんだろうか。


「……おい」

「ありがとう薫君! よろしくね!」


 頭に向かって呆れ声をかけると、弾かれたように抱きついてきた飛鳥が顔を上げた。

 心から嬉しそうな、笑顔で。

 不意に、裏庭で名字を呼んだ時『嬉しかった』と言って笑った彼女を思い出した。

 ……どうして唐突にそんなことを思い出したのか、その理由はわからない。


「わかったから、少し離れ……」


 その時小さく声が聞こえた気がして、後ろを振り向いた。

 斜め後方に女生徒が二人ほど、心なしか頬を染めてこちらを凝視している。

 一瞬何をしているのだろうと思ったが、そういえばこの先に図書館棟があったことを思い出す。他に回り込める通路が無いため必然的に玄関を通ることになるので、間違いはないだろう。

 だがさっさと行けばいいものを、なぜか二人とも立ち止まったままだ。しかもこちらと目が合うなり、頬を真っ赤にしてそそくさと踵を返し戻っていってしまう。

 何か、問題でもあったのか。


「薫君? どうしたの?」


 飛鳥の位置からは下駄箱の影になって見えなかったようだ。後ろを振り向いている自分に怪訝な声がかかる。


「……なんでもない」

「そう?」


 一方は青春な場面だと勘違いされたことに思い至るほどの関心がなく、もう一方は浮かれて存在にすら気付かない。

 ……ある種、はた迷惑な二人である。




 昼休みの一件から、飛鳥の足取りは軽い。

 それは二人並んで下校する今に至るまで、健在だ。ともすれば鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌っぷりで、自分に声をかけてくる。


「薫君」

「なんだ」


 顔を見やれば、悪戯でも企む子供のような顔をしていた。何か思い付きでもしたのだろうか。

 あまりいい予感はしない。軽く溜め息を吐いた。


「あれ、なんかろくでもないこと思い付いたのかって顔してるね」

「わかってるなら何よりだ」

「ひどいなー、ただの質問なのに」

「質問?」

「ん。まぁ質問……というか、承認を頂きたくてねー」

「なんの話だ」


 飛鳥は晴れやかに笑う。

 それを見て、今更のように思った。


「薫君のことさ」


 そういえば自分に対して、こんなにも笑顔を向けてくる奴は、今まで生きてきて初めて見ると。


「『薫』って、呼んでもいいかな?」

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