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ヤカツの血  作者: 十和
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第6話 薫、動く

 学内が静かだと感じたのは久々だった。

 かなり長い時間過ごしたような心地だったが、カーテンの上から覗く時計に目をやると、まだ横になってそこまで経っていないことが伺える。

 自分はこの時間を待ち望んでいたはずなのに、長く感じるとはおかしなこともあったものだ。飛鳥と過ごす時間は騒がしくて、あっという間に過ぎていくというのに。

 ……もしかして今までこの不快感を忘れていられたのは、彼女と騒がしい日々を送っていたからなのだろうか。そんな不快感を感じる暇なんてなかったからなのだろうか?


(……なんて、馬鹿らしいな)


 きっと、あまり深く考えることじゃない。

 このくらい期間が空くことは今までもあったし、体調が悪い時の時間も長く感じる。所詮そんなものだろうと目を閉じた。




「……ん」


 目が覚めると、大分不快感は和らいでいた。やはり休息を取るというのは重要なのだと実感する。

 しかし過信は禁物だ。体が楽になって、自制が最大限効くうちにさっさと動いてしまった方がいい。そう判断して、チャイムが鳴ると同時に今日は早退するべく身を起こした。


「……すみません」

「あら、体調はどう?」

「少し良くなりました。でも頭が痛いので今日は帰ります」

「じゃあこれに記入して……迎えには、来てもらった方がいい?」

「いえ、大丈夫です」


 養護教諭に渡された届けに必要事項を記入し、鞄を取りにいったん教室へと戻る。

 昼休みでざわついた教室では、薫が保健室から戻ってきたからといって特に注目する者はいなかった。

 ……いや、一人だけ。女友達と楽しそうにお喋りに興じていた飛鳥が、目敏く気付いて近寄ってくる。

 そう、彼女は別に教室内で自分しか喋る相手がいないわけではない。同性の友人もいるというのに、自分に構い続ける。その辺りも、彼女を理解できないと思う理由の一つだった。


「おかえり。もう大丈夫なの?」

「今日は早退する」

「あ、そっか……じゃあ、気をつけてね」

「ああ」


 手早く机の中からノートや教科書を引っ張り出し、準備を済ませる。


「お大事にね」

「ああ」

「……」

「……」

「……」

「……なんだ」

「え?」


 肩に鞄をかけながら、飛鳥に訪ねる。


「言いたいことがあるなら言え」

「あ……っと」

「いつもうるさいのにこういう時黙ってられるのは気持ち悪い」

「それ流石にひどくない? さっきは『ありがとう』なんてレア発言かましといてアメとムチ……」

「で?」

「……あの」


 居心地悪そうにそわそわと視線を泳がせる飛鳥は初めて見る。そんなに言いづらいことなのだろうか。


「わ、私は」

「……」

「私は薫君と友達になりたいと思ってるからね」

「……それが言いたいことか?」

「あ、だから、薫君とケンカとか仲違いとか、するのは嫌だからね!」

「……」

「……薫君?」


 ふわり、と飛鳥の額に薫の手が掛かる。


「か、薫君!?」

「……熱はないな。いきなり妙なことを言うからどうかしたのかと思った」


 慌てる彼女から手を離し、椅子を戻した。


「俺は誰とも進んで仲良くするつもりは無いが、諍いを起こすつもりも無い」

「……」

「だから、心配はいらない」


 そのまま教室から出ようとして、立ち止まる。首だけで、飛鳥の方を向いた。


「……ああ、でも」

「?」

「今日は本当に、お前がいて助かったと思ってる」


 そして今度こそ、教室を後にした。


「……」

「飛鳥ー? 固まっちゃってどうしたの?」

「あれ、飛鳥の彼氏くん帰っちゃったの?」

「いや彼氏じゃなくて! でも、アレ、ずるい!」

「は?」

「何どうしたのいきなり」

「知らない! わけがわからない! ずるいよ!」

「いやアンタがわけわからないよ」


 薫が教室を出てから、少し後。

 そんなやりとりが教室でなされていたことを、彼は知らない。




 選んだのは、人通りが少ない道路に面した公園だった。

 平日の今の時間帯には、親子連れもいない。好都合だった。

 しかし茂みや木の上にちらりと目線を向けても、なかなか目当てのものを見つけることができない。


(この公園には、小動物は寄り付かないのか)


 しばらく様子を見てから、他を探しにいこうかと思ったその時。

 公園の入口辺りに気配を感じて目を向けた。少ししてから、買い物袋を下げた主婦らしき女が一人、公園に入ってくる。

 おそらくここを近道として利用しているのだろう。こちらに気付く様子は、まだない。


「……」


 さて、どうするか。

 本音を言えば、死にかけたあの日から人間相手は敬遠していた。だが、これから元の生活に戻るつもりならそんなことも言っていられない。

 リハビリがてら、少し協力してもらおう。そう判断して、静かに目を閉じた。


 ピシリ、と。


 不意に小さな音が聞こえてきて、買い物袋を下げた女は周りを見回した。

 まるでガラスに小さくヒビが走ったような音だった。しかしここは公園で、そんなものあるはずがない。

 もしかしてどこか近くの民家でガラスが割れたのだろうか、と反対側に目を向けたところで――


「……あら?」


 一人の少年を見つけた。風貌がどこか大人びていて、少年よりは青年といった方が近いかもしれない。

 そして彼が着ている制服には見覚えがあった。確かあの高校だったな、と心の中で思う。

 不思議に思ったのは、彼が目を閉じていることだ。まさかこんな時間に、こんな場所で立ったまま寝ているはずはない。そう思って声をかける。


「あの……あな……え?」


 声をかけた矢先。す、と開かれた彼の目を見て言葉を失う。

 そこにあったのは、美しく澄んだ深紅。彼の整った顔立ちも相まって、彫像の目に宝石を埋め込んだようにも見えた。

 しかしそれは作り物ではない。ざり、と音がして、彼が一歩踏み出す。

 それだけで、身が竦んでしまいそうになった。


「あ……?」

「逃げようと思うな。『この中』からは誰も出られないし、周りが気付くことは絶対に無い」


 彼の淡々とした言葉が発される毎に、周りの空気が重くなっていく。思考が麻痺し、その意味を正確に汲み取ることができない。

 何を、言っているのだろうか?


「殺したりはしない。お前を同族にするなんてこともない。終われば全て忘れる。ただ少し……協力してもらいたい」


 いつの間にか目の前に立っていた『それ』の顔が近付いてくる。得体の知れない恐怖に叫び出しそうになるが、体は全く動かなかった。

 襟元を引かれ、何かが首筋に触れた。と、思った次の瞬間。

 ぶつり、という鈍い音と共に襲ってきた激痛に、意識は刈り取られた。

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