第4話 拒絶
正直に言おうと思う。
自分は、甘かった。
「教室で食べないの?」
「……」
「昼食は外で食べたい派?」
「……」
「雨が降ったらどこで食べるのー?」
「どうしてお前がここにいる」
早いもので、入学式から三ヶ月ほど経ったある日。
『またね』の宣言通り、飛鳥は毎日飽きることもなく自分に話しかけてきた。それを無視し続けているが、教室を出て裏庭で昼食を取っているところにまで彼女は現れる。
そのうち嫌になって近寄らなくなるだろうと思っていたのだが、そんな気配は微塵も感じなかった。彼女の珍生物っぷりを、現在進行形でこれでもかと思い知らされている。
黙っているのも億劫になって、こちらが口を開いてしまうパターンは毎回同じだな、と他人事のように思った。
「それはね、薫君を追いかけてきたからかな」
「俺はお前を避けようと思って教室を出たんだ」
「そっか。じゃあ場所にこだわりがあるわけじゃないんだね」
なぜ反応を返すのがそこなんだ。もっと拾うべきところがあるだろうが。
自分を避けたと言われても何らショックを受けた様子はない。一体どうすればいいのだろう、これは。
重い溜め息を吐く。もしかして自分はとてつもなく厄介な者に懐かれてしまったのかもしれない。
そんなことになる心当たりは、全く無かったというのに。
「どうして俺なんだ」
その理由が知りたくて、入学式の日の別れ際に聞けなかった疑問をぶつけた。
「ん?」
「俺以外にもクラスメイトはたくさんいるだろ。どうしてわざわざ俺を選んだ」
「……」
すぐに……たとえ自分にとってわけがわからなかったとしても……返答が返ってくるだろうと思っていただけに、彼女が無言になったのは少々意外だった。
「……うん」
「……京池?」
「なんで、か。そっか」
首を微かに傾げながらんー、と唸る飛鳥。
それから少しして、彼女にしては珍しい曖昧な笑みを浮かべる。
「……なんでだろうね?」
「理由が無いのか」
「無い?無いってことはないんじゃない?」
「ならどうして……」
言いかけて口を噤む。
飛鳥の笑みが、曖昧なものから困ったようなものに変わったからだった。
「……もういい」
「え?いいの?」
「面倒になった」
その理由に、嘘はない。
隠しているのか彼女自身もわからないのかは知らないが、答えの出ない問答を繰り返すのは疲れる。
だいたい、飛鳥が自分を放っておいてくれれば済む問題なのだ。
「……あはは」
なのに、彼女はそれを許してはくれない。
「……なんだ」
「そういえばさっき、名前呼んでくれたなぁと思って。正確に言うと名字だけど」
「それのどこに笑う要素がある」
「嬉しかった」
飛鳥の目を見る。
直感的に違う、と思った。普段の飄々とした態度とは、何かが。
「嬉しかったんだよ」
「……」
だからこそ何を思えばいいのか、なんと返していいのかわからなかった。
「……そうか」
だがわからなくても、別にそのままで構わないと思った。追求するだけの興味は湧かない。
自分は昔からそうだった。何かを追い求めるとか、何かに対して執着するとか、そういった強い感情を一切抱いた覚えがない。
言いたくないなら聞かない。わからないならわからないでいい。最低限の返答はするが、必要以上に構わないでほしい。
そんな生来の気質と『とある理由』から、なるべく人と関わらないようにしているのだ。
飛鳥に対してあからさまに無視したりするのは、その『理由』だけでなく自身のこういう部分からも影響を受けているのかもしれない。それ以上近付くなと、少し意固地になっている気がする。
「……本当に、もう俺には関わらないでくれないか」
けれど、それを曲げる気は無い。
いい加減、自分に何を期待しても無駄だということをわかってくれないだろうか。
「どうして?」
そんな願いも虚しく、返ってきたのは返答ではなく疑問だった。
「……人とあまり深く関わりたくない」
「それはどうして?」
「……」
「言えないなら私は『わかった』なんて言わないよ。納得できる理由じゃなきゃ頷けない」
そう言って立ち上がる。
「でも今日はもう行かないといけないな。またね」
そして、ひらひらと手を振りながら裏庭を出ていった。口元に、いつもと同じ笑みすら浮かべて。
「……言えるものなら」
もう、とっくに言っているはずだ。どうせ信じてはもらえないから、言えないというのに。
微かな苛立ちを抱いたのは、今まで生きてきて初めてのことだった。