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ヤカツの血  作者: 十和
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第13話 強襲

 確かこの辺りだったと思いながら、周りを見渡す。倉庫街のため、時折作業員らしき人間や大型トラックが行き交っているが、歩を進めるにつれてそれもまばらになっていった。

 この先に稼働している工場が少ないからか。あるいは、例の現場を忌避してのことなのか。

 どちらにせよ、人がいないに越したことはない。

 そして最後の角を右に曲がると、目的の建物が姿を現した。こちらは建物の裏手にあたるらしく、高い塀に囲われている。


(……廃工場か)


 老朽化していて所々壁が剥がれ落ち、鉄骨が剥き出しになっているのが見て取れる。人の気配が全く無い静まり返った建物は、昼間でもどこか不気味に聳え立っていた。

 廃工場を左手に見上げながら脇道を通り過ぎ、その先を曲がることなく慎重に様子を窺う。廃工場の正面の門を過ぎた先、搬入口に続くであろう反対側の横道の手前に大型車が止まっていた。そしてその車の側で話し込んでいたり、地面にしゃがんで何かをしている人間達がいる。

 そこが事件現場であり、彼らはおそらく現場検証とやらをしているのだろう。これ以上近付くことはできないが、自分の目はこの程度の距離ならば問題ない。




 地面にしゃがんでいる人間の側に、黒ずんだ小さな山ができていた。周りには、かなり派手に血が飛び散っている。

 ……それは灰だった。人間ならば現場になぜそんなものが残されているのか疑問に思うだろうが、自分達からすれば不思議でもなんでもない。


「最下級、だったか」


 ヴァンパイアの力の強弱によって現れる違いは、実は瞳の色だけではない。その散り方……死んだ後にどうなるかも、個体によって違ってくる。

 死後、最も一般的なイメージであろう灰に変わるのは最下級のヴァンパイアだけだ。大抵の場合彼らをヴァンパイアに変えた『飼い主』にいいように扱われるため、最も見つかりやすく刈られやすいことからそんなイメージが定着してしまったのかもしれない。

 下級以上のヴァンパイアは、死ねば砂に変わる。そこから力が強まるにつれてただの砂から白砂へ、白砂からガラスを砕いたような透明へと変化していき、最終的に上級ヴァンパイアレベルになると薄紅の結晶となって砕け散る。

 これらはいずれも死んですぐ起きるものではなく、体の末端から徐々に変化して最終的に全身に及ぶのだ。


「飼い主から逃げ出してきたか……あるいは」


 正直、最下級であってほしくはなかった。

 ただ単に逃げ出してきて、目についた人間を襲おうとしたならまだいい。だが、もう一つの可能性を考えると、心中穏やかではいられなかった。

 それに、もしもう一つの可能性が現実になったとしたら。


「……」


 それは自分にとって、悪夢と呼ぶに相応しい事態に繋がるかもしれない。

 その時、風が吹いた。

 鼻を掠めた香りに、微かに目を見開く。事件現場の方から吹いてきた風は、薫にある確信めいたものを抱かせた。


「……まさか…………」


 思考に沈みそうになった直後、素早く体を屈めて地面に片手をつく。

 それを軸にして斜めに体をひねり、片足を振り上げた。

 後方に繰り出された蹴りは踵に確かな手応えを伝え、やや遅れて何かが地面に叩きつけられる音が聞こえる。

 声もなく地面に転がった何かはすぐさま跳ね上がり、警戒するようにじりじりと距離を取った。

 片足を跳ね上げた反動で再び上体を起こし、それを……自身の頭部を狙って飛びかかってきた犬を見据える。


「同じだな」


 姿形は普通の犬と変わりない。しかしよく見れば、その目は爛れた赤っぽい色をしていた。

 新たに最下級が現れたということは、いよいよもってもう一つの可能性が濃厚になってくる。

 とはいえ、まずは目の前のこれをどうにかしなければならない。とりあえず潰しておくかと踏み出し、一瞬のうちに肉薄した。

 まともな反応一つできない最下級の即頭部を鷲掴み、そのまま廃工場を囲む塀に叩きつけ、手に力を込める。

 頭蓋を砕く鈍い感覚が腕に伝わり、最下級の体は数回痙攣して動かなくなった。

 手を離すと、塀に生々しい血痕を残しつつその体は地に崩折れる。視界の端にその様子を捉えながら、手に僅かに付着した最下級の血を舐め取り、顔をしかめた。


「相変わらず、不味い」




 人や動物に食物の好き嫌いがあるように、ヴァンパイアにも血の好みは存在する。

 人間の血は薬等で余程汚染されたりしていない限りは美味い。その他動物の血は決して美味くはないが、飲めないことはない。しかし、同族の血は何故か不味く感じる。

 そのかわり、取り込んだ血を自身の体を動かす力……いわゆる生命力に変換し、さらにそこから魔力を練り上げるという面倒な手順を踏む必要がない。相手が体内に蓄えていた魔力を、吸血という行為一つで奪うことができる。要は不味くても、血を得るのと同時に魔力というおまけがついてくる、といったところだ。

 ただし己より強いヴァンパイアの血は甘美で、取り込める魔力の量も膨大らしいが、口にしたことが無いので何とも言えない。

 自分にとって肝心なのは、それが糧になるか否かだ。美味かろうが不味かろうが、それで生きていけるなら構わないと思う。




 足下で灰に変わり始めている最下級を放置し、もう一度現場の様子を窺った。距離があったためか、人間達は誰もこちらの騒動には気付かなかったようだ。

 そのことにとりあえず安堵する。塀の血痕やその下に積まれた灰が見つかればここも調べられることになるだろうが、自分のところまで辿り着ける可能性は皆無だ。

 そこまで考えたところで、はっとして来た道を振り返る。

 すぐさま走り出し、角を曲がった先で手を伸ばした。


「わ、あっ!?」


 どこか間の抜けたような声と共に相手の腕が引っ込められ、それを捕らえようとした薫の手は空を切る。

 思わず固まった先でそれは……彼女は、転びかけたところをギリギリで踏み止まった。体勢を立て直し、顔を上げる。

 その顔を見て、自分の口から呆然とした呟きが漏れた。


「……京池……?」


 そう。自身が感じた気配、捕らえようと手を伸ばした先にいたのは、飛鳥だった。




「……あ、あの……」


 いきなりの邂逅に、上手く言葉が出てこない。

 薫の後ろ姿がどんどん事件現場の方へと向かい、とうとうニュースで報道されていた廃工場の角を曲がって行った時、思わずその手前の角で立ち止まってしまった。

 このまま付いていってしまっていいのか。あるいは止めるべきではないのか。

 しばらく逡巡していたが、やがて意を決して足を踏み出す。ゆっくりと次の角に近付き、まさに曲がろうとしたところで飛び出してきた影に驚いて転びかけた。

 先に進むばかりだと思っていた薫がいきなり舞い戻ってきたために、咄嗟に身を隠すこともできなかった。

 まぁ周りに身を隠せるようなものがあるかと聞かれれば疑問だが、心構えする時間くらいは稼ぎたかったのである。


「んと、たまたま薫のこと見つけて。横道入ってくのが見えて、この辺りって今朝ニュースで事件あったって言ってたし、まずいんじゃないかと思ってっ……!」


 未だ完全には整理のつかない頭で必死に考え、そこまで口にした。その瞬間。




 それまで呆然としていた薫の表情が、歪んだ。




 薫がここまで明確な感情を見せたのは初めてだった。

 それはどうしてと訴えるようで、何かを責めるようで、なのにどこか悲しそうな……そんな、様々なものが混ざり合った、凄絶な顔だった。

 思わず、言葉など忘れてしまうほどに。

 驚きに目を見張った先で、薫は今度こそ自分の腕を掴み、そのままモール街の方へと引き返す。引っ張られ足が縺れながらも、薫を見上げた。

 先を歩く彼の表情は、見えなかった。


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