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ふとんといっしょ  第2話

 改めてクァンディファの神殿にて与えられた花子の部屋は、華美だった。


「ちょっと何よこれ止めてよ冗談じゃないわよリアルベルサイユは生活には要らないわよ」


 間取りは、居間があり間仕切りの向こうには執務室らしく机や本棚があって祭壇もある。更に奥の扉にはプライベート用の居間があって、寝室が備え付けられていた。プライベート用の居間には寝室へ向かう以外の扉があり、そこからも出入りできる。


 一部屋、20畳10坪以上の広さがあって、さらに浴場とトイレ等ひきこもり万歳な生活必需施設が備わっていた。


 ……私の家よりも建坪面積大きいぞ、この一角だけで……。正確には父親の家だけどね!


 花子をげんなりさせたのは部屋の間取りや広さだけではない。


 過剰なまでの装飾に飾られた家具に壁の壁紙、キラキラギラギラゴテゴテ、日本の一般家庭に生まれ育った28年では到底馴染めない。


「なんか、テレビで見た『豪華芸能人の豪邸拝見!成功の秘訣とは!夢にまで理想の間取り、憧れの家具!!』的な、機能性ゼロの部屋に見える……。まさかバスタブは猫足?」


 部屋が整った、とレイオン・ル・ケイドロが花子を部屋に連れてきたのだが、そのレイオンは花子の様子に顔色を変えている。


「お気に召しませんか…?」


 女性が喜びそうな部屋を、と今日という日が来るまでに、神殿の者達で整えたのだが、何か不備があったのか。


 そうレイオンは花子に尋ねたのだが、花子は「さっきの部屋の方が落ち着く……」と、更に彼の顔色を悪くさせるようなことを呟いた。


「第一、この馬鹿デカいベッドは何!?この薄いカーテンの中は何かな、て捲ったら一面シーツって!キングサイズ以上じゃないの、ここで寝ろってか!?」


 そう、過装飾の部屋にも驚いた花子だったが一番の驚きはベッドだった。


 キングサイズにさらにシングルサイズが追加されているような、広いベッド。縦横ともに、キングサイズを超える大きさだった。


 ―――どんな大きなマットですかー!?


 そのベッドには天蓋がついており、もう、何と言えばいいのか、存在感どころの話ではない。ドレッサーなんて華美な装飾がなされているのに見向きもされないほどだ。


「何人で寝ろっての!?」


 大人三人で寝転んでも余るほどのサイズだ、思わず花子はそう叫んだ。こんな仰々しいベッドは嫌だという思いで。


 だが、レイオンの反応は花子の思っていたものと違う。青い顔をパッと赤く染まらせて、うつむき加減になって言う。


「その、何人でも、結構です。お招きを、拒否するものは、神殿にはおりません……」


 きゃ、言っちゃった。そんな感じで真っ赤な顔を手で隠したレイオンに花子は叫んだ。


「何それ何それ何それー!?何人でも、て何それっ」


「複数プレイだね」


「女の子が一人って大変。花ちゃん頑張れ」


「旅館でも時折いたな……逆に女が複数…」


「ギャーッ!!やめてやめてやーめーてー!!それ以上言うなー!!」


 レイオンは心のメモ帳に書き込んだ。御殿主様は一対一を好まれる、と。





 鈴木花子、28歳。日本では実家から独立できない、恋人もいない、仕事も並でこれといった趣味も特技も能力も無い、切ない甲斐性無しの、残念な女性だった。


 突然、異世界に来たものの、そこでも残念な女性といわれてしまう。なにせ「次は残念な女性に生まれ変わってやる」と宣言した先代御殿主のせいだろう。初っ端から溜息を吐かれていたのだから。


 服装を改められる。ここは神殿で、女性の姿は見えない。女人禁制という訳でもないが、このクァンディファ神殿は男性神官しかいなかった。


 客室や宿坊の近辺には勿論女性もいるが、奥の御殿主が住まう辺りには女性はいない。


 なので、花子は自分で身の回りの世話をする。一般庶民として育ってきた日本人花子なら当然のことだ。たとえレイオンや彼が連れてきた小姓なる少年が世話を焼こうとしても、断固として断った。一応、妙齢の女性としての恥じらいはまだある。若干、岩壁に居る時に捨ててしまってはいたが。


 しかし、服の着方は参ってしまった。


 レイオン達を追い出した後も居座る布団三人衆を部屋から出すことに諦めた花子は、パンツ一枚になっていた。


 どうせ、彼らは元布団だ。こんな姿以上の人たちも見てきているらしいし、気にするな。


 そんな事を考えつつ、布を手にする。


 ……さっきのTシャツとズボンでいいんじゃないの?どうやって着るのよ、これ。


「花子ちゃん、手伝おうか?」


 見かねた掛布団が話しかけてくる。そのことに疑問が湧いて出た。


「……あんたたち、着方分かるの?」


「うん。わかるよ」


「なんで分かるか分かんないけど」


 掛布団と枕がニコリと笑ってそう話し、敷布団は黙って頷く。私は布団以下かよ…。とやさぐれた花子は手を借りずに着てみることにした。


「私は負けないんだから……!」


 だが、すぐに心が折れることを花子は知らない。


 まず、一枚の比較的小さな布を手に取る。端同士が紐で編まれていて、布の一部が立体的に縫製されていた。


「ブラジャー代わりになる、ビスチェみたいなものね」


 カップ部分になる、胸の間の切れ込みの下まで紐は編まれ、いわゆる前開きのコルセットまでは締め付けないビスチェ。柔らかな布で作られている。


 いそいそとビスチェを着けて紐を締める。そして、カップがダボダボに余ってしまった。


「ううう…。せめてワイヤーがあったら寄せるのに……」


 締め付けないビスチェは、体には優しかったが心には厳しかった。


「花子ちゃん、羽あるよ。詰める?」


「……綿なら、あるが」


「僕は蕎麦殻だけど、どう?」


 ……泣きながら綿を詰めた花子には、罪は無いはずだ。






 白いTシャツを着てズボンも穿く。さっきのモノより肌触りが良い。それから、腰回りに布を巻く。歩くときに前が開くよう調節して、巻いた後ズボンに入れ込む。


 そして、着物のような、だけど丈は腰までの道着にしては柔らかい素材の上着を着て紐で巻く。レイオン達はこの上着がもっと長くて、端を持ち上げ帯に巻きつけている。だが、花子のモノは短い丈だ。端は捲り上げない。


 さらにその上に、羽織る丈の長い服を着て、前に付いている紐を結んで、これで完成。と思っていたら、別に布を、古代ローマのようなトーガ風に巻きつけられた。


 そう、結局キチンと花子が着られたのはTシャツとズボンまで。着物のような道着のような丈の上着は、袷こそ間違えずに右前で着ていたけれど、部屋に入ってきたレイオンは首を振りながら溜息を吐いた。


 だからお手伝いしますと言いましたでしょう。


 言外の声が聞こえた気がした花子だった。


 布団三人衆の服装は、神官たちとも違っている。白のTシャツにズボンなのは同じだが、その上には直接トーガのように布をまとっていた。すべて、白色。掛布団のTシャツとトーガの一部に赤い模様が入っているだけで、あとは真っ白だ。


 花子の服は白でもなく、レイオン達が着ているオレンジ色でもなくベルード・ラ・バンディスガの緋色でもない。


 花子は自分でもピンクの似合わない女だと思っている。しかしそれ以上に、周りに不評だった色がある。はっきり似合わないと言われた色。紫だ。


 いま、花子は様々な濃淡の紫色の服に埋もれている。


 紫色にも様々ある。赤みが強いモノから、紫紺といわれるモノ、藤色といわれる白みがかった紫に、全き紫。まだ赤みが強い赤紫なら、花子にも違和感で済んだだろう。


「花ちゃん、似合わないね…」


 枕の一言に、私を含めた部屋にいる人間全てが溜息を吐いた。


「まったく、残念な……」


 レイオンの言葉に、さすがに頷いた花子だった。






 枕にはっきりと似合わない宣言をいただいた花子は、それでも似合わない紫色の衣装を着けて練り歩く。


 靴を心配した花子に与えられたのは、サンダルだった。脚絆のようなものを脹脛に巻きつけられた時、レイオン達のような草鞋もどきを履かなきゃならないのかとビクビクしていたが、出されたのは足に優しいサンダル。ちなみに布団三人衆もサンダルだった。


 さて。花子がどこに向かっているかというと、勉強室だ。


 着ている枚数は多いが一枚一枚が軽くて柔らかい素材でできているため、ズルズル長い以外は気にならない。


 気になるのは、花子が廊下を通っている間、頭を下げている人々のことだ。首を捻るも、質問ができそうにない雰囲気に口を噤む。後で聞こうと心の質問箱に投書した。


 勉強室には本が沢山あり地図もある。真ん中に机があり、そこに花子は座らされた。講師はベルード・ラ・バンディスガ。レイオンと、部屋からついてきた神官のうち二人が部屋の端に控えている。布団三人衆は花子の邪魔にならない程度の近くにいる。


「御殿主様。ご存知のことをお話しいただけますか?」


「いや、話せと言われても……。何も知らないんですが、何を知りたいんですか?何を求められているか分からないんですが……」


 花子とベルードは互いに首をかしげた。花子はさっき御殿主の説明を受けただけだ。とりあえず、花子から質問をする。


「あのですね。こちらから質問しても?」


 ベルードは頷いた。


「ここ、どこですか」


「クァンディファの神殿です」


「どこの国にあるんです?」


「聖王国です。ですが、完全なる自治と独立を我らは保っております。そして、聖王国は争ってはいけない、争いに加わっていはいけないとされていますので、我らの守護として最適なのです。政治的に使われてしまう恐れもありますので……」


「聖王国は、永世中立国……ということですか?」


「そう言い切るのは難しいのですが……。周りの国に諍いが起こったとき、調停や仲介に頼られることはよくあるようです」


「軍部は、強力、ですか?」


「……よく御存じで……」


 ここって、スイス?スイスなのか?!でも、スイスに神殿なんて聞いたことないけど?!いやいや、ここは異世界だ、おそらく。


 花子が思考の渦に呑み込まれようとしていた時、ベルードの一言で現実に戻ってきた。


「聖王様はお世継ぎ問題で現在頭を悩ましておいでですが……」


「お世継ぎ?!王制なの、ここの国は?!」


 さっきの食事の後、自ら異世界認定をしたといってもまだ納得はしていなかった花子だが、ベルードと国のことと外国のことを互いに言い合って、納得いかないまでもやっぱり異世界か、と心が沈んだ。


「で…。どうなのよ。私がいるだけで天変地異が少なくなるんでしょ。何をしろ、ていうの」


 すっかりやさぐれた花子は口調もすっかり変わってしまった。


 確かにいることが重要である御殿主は、何の仕事を与えられるのか。一体何をさせようというのか。


「今までの生活を根こそぎ奪われて、誰も知らない、故郷にも帰れない、そんな人間を作ってまで何をさせたいのよ。存在することに意味がある、て言われても納得いかないわよ」


 人の人生を狂わされたのだ。花子の静かな怒りに、ベルードは頭を下げて謝罪する。付け足す言葉を忘れずに。


「御殿主様のお怒りはもっともです。今までの生活が全て無くなってしまった事に対してはお詫び申し上げます。申し訳ございません。代わりに、と言うのも烏滸がましい事ですが、代々の御殿主様は修行を修められたのち、故郷に時折戻られておられたようです。そのお力でもって」


「……力で、もどる?」


「はい。どんなに遠方でも、道をお付けになるお力で遊びに行かれていたようです」


「じゃあ…!異世界でも帰られるの!?」


「……は?異世界?」


 花子とベルードの間には、勉強の前にきちんと話し合わなければならない案件が多いようだった。







「話を纏めましょう。まず、御殿主様の出身地は?」


「天の川銀河、太陽系第三惑星地球の東アジアにある島国、日本。ニッポンと言ったり、ジャパン、ジャポンと言われたり、ジパングと呼ばれた時もあります」


「……………。はあ…………。では、大国と言えばどこの国ですか?」


「ええーと……。アメリカ、ロシア、中国、ドイツ、フランス……。日本もちょっと前までは経済大国って言われてましたね」


「…………。あめ、りか……ですか。……では、魔力はどのような分類で仕分けされましたか?」


「魔力……。そんなもの、存在しませんね。少なくとも、あるという証明は成されていません」


「普通の庶民にはわずかしか確認できませんが、位が高くなると魔力が存在してましたでしょう!?」


「いやいやいやいや、魔力なんてもの、空想ですよ。大昔、神通力、なんてものもあったようですがね」


 花子は、ここが異世界だろうことをベルードよりも先に認識していた。しかし、ベルードには俄かに信じがたい事だったらしい。


「でもさ、御殿主様がいないと天変地異が起こる。だからいなければならない。それって、結構暴論よね。私の国なんて、大雨洪水地震に津波、どうにか人間の英知で被害を最小限に食い止められないか、そんな研究を日夜進めているのよ。極端な話、御殿主様なんて居なくったって、人間は強いから生きて行けるわよ。随分甘やかすのね」


 それとも、それが神殿の目論見なのかしら?花子は伊達に年を食っていない、そう思わす視線をベルードに向けている。


 彼は少し苦い顔をし、溜息を付いた。


「御殿主様の申されるとおり、人は強いです。実際に御殿主様の不在の代がありまして、天変地異がありました。それでも人は生きています。ですが……。甘い汁を吸った者は、その甘さを忘れ得ぬものです」


 思わず眉間に皺を寄せる花子は、ベルードの言いたい、続きの言葉の予測がついてしまった。現れた次の代の御殿主が、理不尽な責めを負うたのだろう。


 だが、その予想の斜め上を行く言葉が、彼の口から飛び出した。


「次の代の御殿主様……今代から数えて六代前ですかな、その方が現れた時、各国で争奪戦が起こったのです。血で血を洗う、壮絶な戦だったそうです。せっかく天変地異を生き残った人間たちが、更なる天変地異を恐れて奪い合ったのです。そして御殿主様を手中に収めた国では、かの方を監禁した挙句に男女ともに時には複数で凌辱した、とも伝わっております」


 あまりの内容に、花子は言葉を失った。御殿主は代々男性の筈だ。男の矜持さえも圧し折られた彼は、どのような思いを抱えたのか……。そして、己の身に置き換えて考える。幾つ国があるか知らないけれど、それぞれ御殿主の身柄を狙っていると推測できた。


「当時の神殿は天変地異の影響を濃く受けており、御殿主様をお守りできませんでした。今でも、御殿主様を虎視眈々と狙う国は多いです。おっしゃるように、甘いのでしょう。しかし、御殿主様を見つけ出すのを止めたとしても、どういう訳か生まれ変わられたその一帯に災害が起こらない様になります。そこで人々は御殿主様の存在を確信し、身柄を奪い合う争いを起こします。誰もが天変地異を恐れておりますので……。ですので、神殿が御殿主様の身柄を確保するのです」


 ベルードの長い説明に、息が詰まった。内容が内容なだけに、どう反応すればいいのか分からなかったのだ。


「……、やっぱり、ここは私の世界じゃない……。特定の人がいるから災害がない、なんてありえない……」


「そう、ですか……。そうですね……。恐らく、御殿主様はこの世界の方では無いのでしょう」


 ベルードが言葉と共に布団三人衆に意味ありげな視線を向けた事に、花子は気付かなかった。




 暗くなった雰囲気を変えるように、ベルードがパンパンと二度、手を打った。


「過去の事はいくら考えても、変わりません。過去の事から学び、どのように進んでいくかを判断することの方が大事です!」


 さあ、勉強を始めましょう!!


 勢い込んで言ったベルードには申し訳ないが、勉強内容は花子にはさっぱり分からなかった。花子の中のある常識が、知識の吸収を妨げる。


「ゲームの世界じゃないんだからさ、世界と溶け合う、て何さ。いきなり宗教観じゃなくて、一般教養から教えろって話。なに、この無機に注ぎ込む有機の意識、訳分かんない」


 ブツブツ文句を言いながら花子は部屋に戻る回廊をゆく。先導はレイオンだが、そのすぐ後ろには掛布団がついている。


「御殿主様ぁ!」


 回廊が交わるところで突然、横から少女が飛び出してきた。


「御殿主様ぁ、ようやくご顕現なされたのですね!カサンドラは嬉しゅうございます」


 驚くほどのしなを作り、熱っぽい目で見つめてくる。


 掛布団を。


「はあ?」


「ええええ?」


「御殿主様は、花子ちゃんだよ?頭大丈夫?」


「カサンドラ様、何年も前から申しておりますように、今代の御殿主様は女性です。儀式のお相手の選定は、今回に限り男性であります。カサンドラ様におきましては、御殿主様のお話し相手でしか役目は言い渡されません」


 レイオンの言う事には一向に耳を貸さない様子の位の高そうな令嬢、カサンドラは掛布団から目を離さない。頬がうっすら紅くなっている。


「カサンドラっ!無礼を致すな!」


 カサンドラが飛び出してきた方の回廊から、男性が一人走り出てきた。グイッと彼女の腕を掴む。


「痛い、離して!兄様!!」


「妹が失礼いたしました」


 ダークブラウンの髪を短く刈り上げ、青い瞳を持つ(地球年齢)22,3歳に見える男性が、(地球年齢)16,7歳に見える同じ色目の髪を豊かに結い上げている少女の行動に、謝罪をした。西洋顔なので、もしかしたらもう少し若いのかもしれない。


 妹…という事は、兄妹だろう。確かに顔の造形は似ていなくもない。


「兄様!こちらの方が御殿主様よね!?」


 相変わらず掛布団を指す。確かに掛布団は、女の子が放って置かない様な甘い雰囲気を持っている。だが、掛布団は不快な顔をするだけだ。



「今代の御殿主様は女性であると何度も聞いただろう。私の一行に自分を捩じ込んだくせに、勝手な事を致すでない」


「だって!おかしいわよ!!御殿主様が女だなんて!!何かの間違いだわ!!」


「間違いな訳が無い」


「彼よ!御殿主様は彼の間違いよ、女である訳が無いわ!!間違いを正さなくては!!この女に騙されているのよ、みんな!!」


「いい加減にしろっ!!トラン、このバカ娘を閉じ込めておけっ!!」


 お兄様の馬鹿!と大きな声で喚きながら、従者らしき人に腕を掴まれてカサンドラは連れて行かれた。ちなみに彼女が御殿主様、と指していたのは掛布団の事だ。


 花子は眼の前の光景に、目を丸くした。


 いきなり兄妹喧嘩が始まったのもそうだが、内容に真意が入っている。「御殿主様が女の訳が無い」「女にみんなが騙されている」殆どの人がそう思っているに違いない。


 なぜか、彼女はそう思った。歴代の御殿主が男で、なぜ自分は女なのか……。やっぱり間違いなんじゃなかろうか。そこに帰結してしまうのだ。だから、カサンドラの言う事がストンと胸に落ちたのだ。


「本当に、礼儀を弁えない娘で申し訳ございません」


 ダークブラウンの髪の男性は詫びるように深く頭を下げた。


(この世界でも謝るときは、頭を下げるのね…)


 綺麗に整えられた髪の毛から見えた、彼のつむじをじっと見る花子。しかし思考は明後日の方を向いていた。


(右渦と左渦、どっちがどうなんだったっけ。二つあったら頑固者、よね確か…)


「カサンドラ嬢の出立を申し渡します」


 レイオンが、無表情に告げた。


「ええ!?なんで!?」


「いいえ、当然の処置です……。すぐに準備いたします」


 男は再び一礼すると、踵を返した。


「ちょ、ええ!?何よ、一体。さっぱり意味分かんないんだけど!?」


 はああああー……。レイオンが深い、深い溜息を吐いた。


「先程、ラ・バンディスガ様と勉強をなさっていたでしょう?」


「ベルードさんと?してたけど……。どう関係がある訳?」


 レイオンは頭を静かに横に振り「全く、残念だ……」と何度目かの残念呟きを発した。


「過去の争いがあったでしょう?」


 レイオンの呟きにムッとしつつも花子はコクリと頷いた。


「それから、人々は教訓を得ました。御殿主様は不可侵であるべきだ、と。五代前の御殿主様のときに神官の中に心を寄せる者が現れ、御殿主様のチカラはその神官の故郷周辺にとどまり自然災害が他地域に比べてぐっと減りました。その状況を鑑みて、各国は五つの地域に国はそのままに別れました。東西南北に中央。中央は、常に御殿主様の居宅となっていただく。のちに聖王国として建国しました。他の四地域は、一代ごとに一つの地域から各国代表に来ていただく。そして、寵を与えてもらう。前代は東の地域でしたので、今代は西の地域の各国から代表者が来られております。意味、分かりますか?」


「ええと……?西の地域の人たちの中から、儀式の相方を選べと言われてるけど……。順番が、西の地域の各国、という意味?」


「そうです。愛しく思う方が出来れば、その方の出身国が一際加護を受け、殆ど災害の無い状態になります」


 御殿主が居なければ天変地異が起こるが、居ても自然災害は無くならないという。花子は、レイオンの説明に、やっと合点がいった。


「ベルードさんが言ってた意味、ようやく分かった!あの人、無駄に言葉を飾り立てるのよね。迷惑だわ」


 一人でフムフムと頷いている花子は、もう少しでレイオンの言葉を聞き逃すところだった。


「ええ!?もう一回言って!」


「ですから、先程の男性も儀式の相手役の候補の方です。シッティ国第三王子、ミヒャルド殿下です」


「王子!?ええ!?」


「他の候補者の方々も、王族ですよ?頑張ってください、2年以内に儀式が出来るよう」


「頑張る?何を?」


 儀式の相方が、王族……。嫌な予感しかしない花子だ。聞いてはいけないと思いつつも、口が勝手に動いてしまった。


 レイオンが爽やかな笑顔になった。


「子が出来たら最高の相性だと分かりますので!ああ、儀式のお相手以外にも交渉は許可されていますので、気に入ったものが居りましたら、閨にお誘いください」


 私は喜んで馳せ参じますよ。


「……っ。ギャーッ!!」


 レイオンの思わぬ色気に腰を抜かしかけた花子は「体で選ぶのかよっ、歴代、淫乱だ!!」と脳内で叫んだ。


 歴代は男たちなので、淫乱では無く絶倫だった、というのはまた別の話。






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