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ふとんといっしょ  第1話


 自然が呼んでいます。

 生きている限り、必要なことです。

 潔癖症に方には、ごめんなさい、なのであります。



 パチ、と目が覚めた。


 昨日、バカ騒ぎをして深酒をしたにしては随分と爽やかな目覚めだった。


 ううーん…と背伸びをして布団から起き上がる。掛布団を頭まですっぽりと被ってしまっていたので、起き上がってから浴びる陽が今日初めてのモノになる。部屋にカーテンはなく障子のみ、陽は部屋の中に差し込んでいてもおかしくない。


 目を瞑って背伸びをし、今日はやけに明るいなあ、お昼まで寝たのかなあ、と考えた。


 爽やかな風が頬にあたる。……窓は開けていないはず。まさか開けっ放しにして誰かが落ちてるんじゃあ、と目を見開いた。


 そして再び目を閉じ、布団の中に潜り込む。


 これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢……。ぶつぶつと十回唱えた後、そうっと布団から顔を出す。しかし、そこはさっき見た景色と変わらぬものだった。


「……なに、これ……」



 昨日は確かに大酒を呑んだ。途中吐く奴もいたし酒瓶を抱いて寝た奴もいた。しかし自分はきちんと布団に潜り込んだ記憶がある。酒にやられて死屍累々のなか、独り勝ちだとほくそ笑んで目を瞑ったのだ。


 しかし、今の状況はなんだ。合点がいかない。どうして…。どうして……!


 どうして岩山の崖っぷちにいるのだ!


「どうやったら布団ごと狭い崖っぷちに連れてこられるのー!てか、その前に目を覚ませよ、自分!」


 鈴木花子、28歳独身女。いろんな意味で崖っぷちだった。





「待て待て待て待て、ちょっと状況を整理しようよ。落ち着け。落ち着け、自分!焦ったら負けだ!」


 おひとり様用の布団の上で起き上がった花子は正座をして岩肌に向かって声を出した。誰に話すわけでもない、立派な独り言だ。


 崖っぷちに布団と寝巻用の旅館の浴衣姿の女性。崖から突き出たその場所は平らで、布団が敷いてあっても頭と足元には30センチほどの余裕はある。横はそれぞれ50センチほどの余裕。布団ギリギリの場所ではない。登山家が一休みするにはうってつけの場所に思える。


 しかし、花子は登山家でもなければ山ガールなんてお洒落なものでもない。


 親からの嫁に行けコールに辟易としながらも実家を出て生活できるほどの甲斐性も無い、体力も無い、これといった能力も趣味も特技も無い、残念な会社員だ。


 お見合いも何回かしたが、その都度、相手から断られた。男性側から断られるのは、結構キツイものがある。


 嫁に行けと言われても相手が断ってくるんじゃ行けないっての!


 すっかりやさぐれた花子に、友人4人が温泉に誘ってくれた。花子を含めて5人。花子の母は「嫁かず後(5)家ーズ」と揶揄する仲間たちだ。


 28で嫁かず後家って酷いよねー。まだ若いってーの。嫁がなんだー。嫁に行かないからって世間様に迷惑をかけたかー。私はむしろ嫁が欲しい。


 5人で旅館の料理に舌鼓を打ちつつ、ついついお酒が進んだ。


 もうそれはそれは会社の社員旅行の上司もかくや、というほどに呑み、乱れ、旅館に仲居さんたちも呆れ返るほどだった。


 酒は呑んでも呑まれるな……。もう、深酒はしないと崖の上で誓ってはみても、ここに行き着いた事情はさっぱり分からない。


「昨日5人で旅館について、温泉に入って、ご飯を食べながら酒盛りが始まって、クダを巻いて、布団に入って寝た。で、目が覚めたら布団ごと崖っぷちにいる。…意味分からん」


 布団は温かくって包み込んでくれて現実から解放されるものだ。崖っぷちは花子の現在の心境にも似ている。これは心の投影か…などと独りごちても何も変わらない。


「…夢なら、自分と向き合った時に目が覚めてもいいじゃん」


 そそり立つ岩肌から目を離し崖の方へと視線を動かしてみれば、視界一杯には爽やかな青い空。眼下には鬱蒼とした緑の森。標高は結構ありそうなものだが寒くもないし風もそよそよと強くない。


 夢か現か幻か。げんなりとした花子だがふと、嫌なものが背筋を走った。昨夜さんざん酒盛りをした報いが今、花子を襲う。


「ね、ね、ねいちゃーこーる!自然が呼んでいるー!ううー、花摘みしたいっ。トイレっ!目を覚ませ、自分!気合いだ、気合いだー!!ここでしたら、まさかの寝小便垂になってしまうっ」


 こんなところにいる状況なんてどうでもいい、とりあえずトイレ!


 崖の上の布団の上でゴロゴロ転がって尿意を拡散させようと頑張るが、一度認識してしまったものを無いものには出来ない。


 ちらり、と足元を見る。


「いやいやいやいやいや、ダメでしょ。ダメだったらダメだって!人としてどうよ、人間の尊厳は!ああー!ダメ!ダメダメダメー!!嫁き遅れでも、まだ乙女だ!!乙女の筈だーっ!!」


 花子は布団の上で丸くなり、もじもじしながら頭を抱える。目を覚ませ自分、と頑張りながらも襲い来る人体の生理現象から逃れることは不可能だ。


 半泣きになりながら、悲壮な決断をせざるを得なくなった花子はパンツを脱いだ。人としての尊厳なんて、乙女心なんて、自然の前ではちっぽけなものだ。


「足元の、端っこの方だと…少し下り坂になってるから布団までは流れてこないよね…」


 パンツを握りしめ、もじもじしながら布団の足側にあたる崖の端まで歩いていく。そこから崖下をそうっと覗いてみれば、何か小動物がタタタっと走り去った。リスだろうか?人影は見えない。この崖はどう見ても花子には降りられない角度だ。おまけに裸足だ。


「背に腹は代えられない……!人類未踏の地に分け入ったと思うんだ。頑張れ自分……!」


 そして花子はしゃがみこみ……。





「ううっ。なにか、大切なものを失ったような気がする……」


 体はすっきりしたが心がすっきりしない花子は布団の上でうつぶせに転がり、枕に顔を埋めていた。パンツはしっかりはいている。


 だが、いつまでもそうしていられるわけではない。


「……おねしょしたら、目を覚ますよねえ……。なんで自分は目を覚まさないの……」


 花子は薄々感じている。尿意を覚えて、用を足した。それは、あまりにも現実味を帯びていたのだ。


「まさか、既に目を覚ましていてこれが現実……なわけないよねえ?」


 誰に確認するでもなく、呟きながら布団の上で寝返りを打った。目の前には薄雲が少しある水色の空。陽はじりじりとしたものではなくポカポカと温かい。風も緩やかで非常に居心地が良い。


 居心地は良いが、これが夢ではなく現実ならば花子には耐えられない状況だろう。


「……お腹空いたな……」


 これが夢ならいいのに…。花子はそう思いながら目を閉じた。





 パチ、と目が覚めた。

 

 二度寝していた花子は、目を覚まして驚いた。この状況で寝てしまえる自分の神経の太さに驚いた。そして、二度寝する前と違った状況に驚いた。


 人が二人、崖の上で座っていたのだ。


 花子はあわてて起き上がり、布団の上で正座をする。どれくらい寝てたんだろう、と考えながら二人に対面する。花子はその時に、異常性に気が付いた。


 二人は、50センチ幅の崖側に座っていたのだが、昔映画で見た少林寺拳法の人が着ていたような恰好をしていた。旅館の浴衣姿の花子ほどではないが、山登りには全く似つかわしくない格好だ。そして何かぶつぶつ唱えている。ここってまさか宗教の聖地?花摘みしちゃったよ!と花子が慄くのも無理はない状況だ。


(まてよ。ここで可愛らしく「助けてください」と縋るべきじゃない?この二人も登山の格好じゃないけど、明らかに目的があってここに来てるみたいだし)


 ごくりと唾を飲み込み、花子が何かを呟いている二人に声を掛けようとした時だった。


 何かが目の前に白い壁を作り視界を遮る。


「花子ちゃん!逃げて!」


 二つに折っていた掛布団が前を覆うように立ち上がって叫んだ!


「ええー!?」


 その声に呼応するように敷布団が揺れた。


「ええええー!?」


 思わず枕を抱え込む花子。そして、目の前に立ちあがった掛布団が正体不明の一人に、空中に勢いよく跳ね飛ばされてしまった。


「ふとんがふっとんだー!!っじゃなくて!!うわっ!?」


 掛布団が飛ばされたと同時に敷布団が崖から飛び出した!花子を乗せたまま!


「なにこれなにこれなにこれなにこれ!?どーなってんのよー!?」


 魔法の絨毯よろしくフライング布団となっている敷布団は、その特徴を生かして凄く危ない乗り物になっている。


「ふわふわで、ふにゃふにゃで、めちゃくちゃ怖いんですけどもー!!」


「……しっかりつかまれ……」


「寝転んで敷布団にしがみついてね」


「……はい?」


 一体どこから声が聞こえたの……?そう思いながらキョロキョロした花子は悪くないだろう。敷布団と枕が話しかけて来るなんて思ってもいないのだろうから。先程の掛布団の叫び声も記憶に残っているかどうか。


 何はともあれ、花子は敷布団と枕の言葉に従わなかった。そして、ころりと落下。安定感の無い乗り物でしがみつかなかったのが悪いと言えば悪い。


「なにがどうしてこうなったー!」


 枕を抱え込んだまま、低くはない高度から落下する途中気を失う寸前花子はふと思った。


(旅館代は前払いで酒盛り代は予め集めてあったから、大丈夫かぁ。布団と浴衣を取り込んだのは、旅館に悪いことしたな。全くの私物が、パンツだけってどうなの自分……)


 非常時にはどうでもいいことを考えながらブラックアウトした花子だった。





 パチ、と目が覚めた。


 花子の三度目の目覚めは過去二回と違い、青い空は見えず明らかに室内と分かる白い壁が見えた。


 寝転がっている場所はあまりスプリングのきいていないベッド。シーツと毛布をかぶって寝ていたらしい。


 あわててシーツを捲ってみたら、まだ旅館の浴衣と帯を身に着けていた。ほっとしつつも部屋を見渡してみる。


 飾り気のないベッド、飾り気のないタンス、飾り気のない机と椅子。装飾のない壁に窓。壁と天井は白く塗られている。


「どこだ、ここ」


 ベッドの上に座り込んで考えてみる。


(そう、昨日は旅館で酒盛りをした。嫁かず後家ーず5人で(まだ28なんだけどね!)しこたま飲んで、布団で寝た。そして目が覚めたら崖っぷちに布団一式と一緒にいて、なんやかんやで……。布団に乗って、飛んだな私)


 腕組みをして、うんうん頷いた花子は確信をもって断言した。


「あれは、夢だったんだ!」


 そうだよね、起きていきなり崖っぷちだとか、人が二人居たのに私を無視して何か唱えていたりとか、布団が起き上がったとか、布団がフライングカーペットのように飛んだとか、布団や枕がしゃべったとか、荒唐無稽すぎるもの、夢に違いない!てか、夢でしかない!夢夢夢夢、夢だっつーの!!


 ブツブツ呟く花子にとってはしかし、尿意を感じて事を済ませた解放感と喪失感は現実感溢れるものだった。


 部屋に一つしかない扉が、トントントントントンとノックされる。花子の返事を待たずに開けられた扉の向こうには三人の男がいた。


 赤い長めの髪で横の髪を片方だけ耳の上で縛って、赤い模様が一筋入っている白い服を着ている青年。その青年よりも背が高くがっしりした体格の男性はやはり白い服で模様は入っていない。紺色の髪は短く刈られている。傍には、小学3年生くらいの男の子が白い服を着て立っていた。マッシュルームカットの髪は焦げ茶色だ。


 目をぱちぱちと瞬いていると赤毛の青年が花子に駆け寄り、ガバッと抱きついた。


「――――――!!」


「花子ちゃん!よかった、無事で!!」


 何が起こってる何が起こってる何が起こってる――!?


 花子は意味が分からず硬直し、赤毛の青年は好機とばかりに腕に収まっている花子の頭に頬をグリグリ擦りつけている。


「落ちた時は肝が冷えた」


「花ちゃん、元気そうでよかった」


 渋い声と声変わり前の甘い少年の声に、ギギギ…とそちらへ顔を向けた花子は、かすれた声で「あなたたち……だれ……」と問いかけた。


 花子には全く見覚えがない。自分に抱き着いている年下であろう青年は赤毛で長髪、女の子が放っておかない優しげな顔立ちの、少したれ目の美形だ。がっしりした男性は花子より少し年上だろうか、紺色の髪は清潔感に溢れ鋭い視線はとても野性的に感じ、これも女性は放っておかない雰囲気がバリバリだ。少年はひたすら、かわいらしい。


 花子の周りには、今までいないと断言できる人種だった。


 扉から入ってきた男性と少年、その後ろに控えている人がいた。その人は部屋には入らず、服礼している。花子に向かって。


「?」


 色んなことに首をかしげる花子に少年が「花ちゃん、いいこと教えてあげる」と、とんでもないことを言った。


「ぼく、枕だよ」


「私は敷布団だ」


「おれ、掛布団!」


「御殿主様、おかえりなさいませ」


「意味分からん!!」


 怒鳴った花子には何の罪もない、はずだ。





 とりあえず、着替えさせてもらった花子は目の前の畳まれた浴衣を凝視しながら考え事に耽った。服は、Tシャツに紐をウエストで縛るズボンというシンプルなものだ。


(布団三人衆のことは置いておいて……御殿主様とは、何ぞや?)



 布団三人衆とは、先ほど枕・敷布団・掛布団と名乗った美形たちのことだ。性質の悪い冗談だろうと横に置いておく。


 花子のことを御殿主様とよんだ人は、崖っぷちに訪れた二人のうちの一人だった。オレンジ色の服の裾を帯に巻きつけ、白いズボンを穿き音もなく歩く。


 彼は「レイオン・ル・ケイドロ」と名乗った。花子の着替えを持って部屋へやってきた後、何の説明もなしに去ってしまった。


(誰かと勘違いしてるとか…。うん、もう夢じゃないやね、これ。旅館の浴衣をここまで再現できるほど覚えてないし。どうなってるんだ、いったい?何が起こった?とりあえず、ここどこだ?)


 布団三人衆は、椅子に座っている花子の右手に枕、左手に掛布団、背後に立って敷布団と、花子に密着していた。枕は右腕にギュッとしがみつき、敷布団は背後から両肩に手を置き、掛布団は左腕を抱え込んで手を両手でにぎにぎしている。


 彼らを無いものと無視していた花子だったが、無視すればするほどに密着度が増してきたのでとうとうキレて怒鳴ってしまった。


「だー!!うっとうしい!!離せー!!」


 三人は動じなかったが、食事を持ってくれた人をびっくりさせてしまった。






 貴重な食事をじっくり味わった後、花子のもとにオレンジ色の服を着たレイオンとともに緋色の服を着た中年よりも年かさの男性がやってきた。


 深く一礼をする彼らに慄きながら、花子も席を立って食事の礼を言う。すると二人は花子の礼を慌てて解かそうとした。


「御殿主様、礼をお解き下さい。当然のことをしたまでです」


「そうです、御殿主様。礼をお解き下さい」


 花子は体をあげて、彼らに問いかけた。あなた方の言う御殿主様とはなんですか、と。その問いに彼らは互いの顔を見、緋色の男性(ベルード・ラ・バンディスガと名乗った)が口を開いた。その間、布団三人衆は花子の後ろに控えている。


「御殿主様とは、われら神職の主です」


 ちょっと待てー!!花子の心の叫びは彼らに届かず、滔々と述べられた。内容はこうだ。


 御殿主様は代々転生によってその地位に就かれる。その判別方法は様々だが、この度は先代の御殿主様よりのお言葉が40年前にあった。今日という日にポポロニア山の山頂近くの崖に妙齢の女性の姿にてお戻りになる、と。


「て、転生…。なにそのファンタジー。ありえなさすぎるんだけど」


「ですが、あなた様がいらっしゃった。先代様とは、一寸ばかり……行き違いがございまして……」


 いきなり歯切れの悪くなったベルードに代わってレイオンが話を続ける。


「若輩者ですがお許しください。先代様とラ・バンディスガ様との間に、小さな齟齬がありました。それがいつの間にやら修復が難しいまでになっておりまして…。先代様がお隠れになる前に、こうおっしゃったのです。『残念な女になって現れてやる』と…」


 申し訳なさそうにチラリと視線をよこすレイオンに花子は「残念な女って、自分のことかよ!」と憤慨しながらも質問をする。残念な女とはどういう意味か、と。レイオンは答える。女であることがまず、残念であると。


「……つまり、御殿主様って代々転生で継いでゆくけど、今まですべて男がなっていたということなのか……」


「はい。それで…その……御殿主様は……」


 レイオンが頬をうっすら赤く染め、ふいと顔をそむけた。なんだ、萌えか、ツンデレか!?萌えさそうというのか!?思わず鼻息の荒くなる花子だが、レイオンは髪を後ろに束ね少し釣り目の若者なので少し歳の行った花子から見たらかわいい部類に入ってしまう。恋愛対象外観察対象に分類されるのだ。


 照れて言葉が止まってしまったレイオンの言いたかっただろう言葉をベルードが言った時、花子は一瞬膠着した後「はあ、まあ」と返事をしてしまった。


「非処女であられますか」


 28の女だ、それなりに経験してしまっている。回数がそんなに多くないにしても、だ。しかも二人の男に「はあー」とため息をつかれ頭を振られては腹が立つ。


「なによ、もう28なんだから経験あってもおかしくないでしょ!?」


「儀式の前に純潔を失っているとは、残念な……」


「しかしラ・バンディスガ様、30歳を越えていないのは僥倖では」


「そうだな、ル・ケイドロ。先代の言い渡された『残念さ』は年齢に置いては免れ得た、と言えなくもない」


「はい。幸いなことに」


 レイオン・ル・ケイドロとベルード・ラ・バンディスガは、不幸中の幸いといった風合いで互いの言葉を噛み締めていた。


「残念で悪かったなー!!どうせ残念な女だわよ!付き合ってもいつも振られ、お見合いはやっぱり相手から断られ!色気もへったくれもどうせない残念女ですよ!」


 やさぐれた花子の言葉に驚いたベルードは「非常に残念なことは多いですが、年齢だけでもギリギリ間に合いましたから悔やむ事は無いですよ」とあさっての方向に慰めの言葉を紡いだ。


「ギリギリの年齢って……!」


「はい。御殿主様のご容貌から、50歳ぐらいかと想像しておりました。儀式はどうしても30歳までに行うものですので50歳ですと残念なことになるところでした」


 40過ぎに見えるオジサンに50歳と言われた花子は絶句した。何処をどうみれば50て年齢が出て来るのよー!!憤慨した花子は息荒く彼らの年齢を問いただした。


「85です。ル・ケイドロは42になりました」


 どうやら、ここは時間の流れが地球世界と違っている異世界の様だった。


 彼らは言う。おそらく今代の御殿主様は今から50歳になるまでの22年間は今のままの姿を留められるだろう、と。


「ホラーじゃん!おかしいって。私は地球の日本人なんだから日本人ルールで時間が進むんじゃないの!?」


「では、試してみましょう」


「いや、違うって!」


 彼らの寿命は140から160、長寿だと180を超えることもあると言う。早い計算方法は、地球年齢×2。30歳くらいまでは少し成長も速く、大体30歳だと地球で言う20歳前後になると言う。100歳が地球時間で言う50歳になるよう帳尻を合わせて歳を重ね、そこまで行くと地球の倍ほどの時間をかけて老いが進行していると考えると理解が速い。まあ、そこに、老いに対する個体差、なんてものも要素に入って来てしまうのだが。


 その計算で行くと、28の花子は2を掛けると56。今の世界だと56歳という計算になってしまう。だが、実際に過ごした年数は28。なので、やはり28歳だ。


 指折り計算をしていた花子は、もうどうでもよくなってしまった。転生だろうが儀式だろうが、好きに言って好きに行えばいい。どうせ自分には関係ない。


「儀式なんてしないよ。第一なんでそんなもんしなくちゃいけないのよ。なーんにも説明受けてないけど?」


 ベルードは、しまったと額に手をやり、改めて花子に一礼した。


「申し訳ございません。御殿主様。御殿主様の存在からご説明いたします」






 装飾の多い回りくどい話を長々と花子にしたベルードだが、花子が結論として要約したのはこういう事だった。


「御殿主がいない時代は自然バランスが崩れて天変地異が起こりやすい、てことね。で、そのために御殿主の生まれ変わりを見付けて保護、と」


「そのための環境づくりに我らクァンディファの神官がおります」


 クァンディファとは聖地を指す言葉。いま花子がいるのもここ聖地だ。


「ところで御殿主様。控えておられる方々をご紹介くださいませんか」


 ひとまず話が終わっただろうとベルードが自分たちの疑問について訊いてきた。


「わたしもよく分かんないんだけど……」


 花子が言葉を濁したら本人たちが意気揚々と大きな声で自己紹介をした。


「掛布団です!」


「敷布団だ」


「枕といいます」


「うるさい!この布団三人衆が!!」


「ふむ。カケ・フ・トーン殿にシキ・フ・トーン殿にマクラン・フ・トーン殿ですね」


 それではお部屋が整いましたら、伺わせていただきます。そう言ってベルードとレイオンは部屋を出て行った。儀式の説明をしていない事に気が付かない花子は粗忽者かもしれない。彼らもわざと告げなかったのだが……。


「つ、疲れた……」


 掛布団がカケ・フ・トーンと不思議な呼称に代わってしまったが、彼らはにこにこと花子の傍にいる。


「あんたたちさあ、本当に布団なの?」


 きょとんとした三人の代表として、カケ・フ・トーンこと掛布団が頷きながら答えた。


「そうだよ。旅館の布団」


「……なんで私と一緒にいるの……?」


「面白そうだったから!花子ちゃん覚えてない?花子ちゃんてば布団に入る前、正座して三つ指付きながらお辞儀して『よろしくお願いします。お休みなさいませ』て言ったんだ!もう、おれたちびっくり!」


 掛布団はケラケラ笑いながら「そんな人初めてだったよー」と言葉を続けた。


 布団に三つ指付いてお辞儀をした!?自分の行動が突拍子もない、まさしく酔っ払いだったことに、花子は頭が痛くなった。


 しかし、掛布団と名乗る青年が旅館の布団だと確信できた。


 いや、布団が人になっているという事は全く理解できないが、花子は、彼らが同じ世界からやって来た事が、『三つ指付いてお辞儀』の言葉が証明している。


 いやいや、その前に聞かなきゃいけない事がある。そう、花子はやっと気づいた。そもそも、初めに聞かないといけない事の筈なのだ。


「布団、て、人じゃないよね…え?なんで、布団、が、人?」


 今頃!?


 三人が驚きの表情で花子を見る。仕方がない、彼ら三人の驚きも、花子の今更に起こる疑問も。


「おれ達も、よく分からないんだよね。人の姿になったのも初めてだし、喋るのも初めてだったし」


「花ちゃんのこと面白いと思ったのも本当だけど……果たして旅館にいる時に思ったのかもわかんない」


「……お前が連れて行かれる時、睡眠妨害をするな、と思ったのが最初なのか。こちらに来てからそう思ったのか。我らも理解できていない」


 結局三人の話をまとめると、何時自我が芽生えたのか分からない、でも旅館のことは覚えているし感情もある、とのことだった。


「ま、おれたちが花子ちゃんを守ってあげる」


 掛布団が惚れ惚れするような笑顔で花子に話しかける。敷布団の枕も一緒に頷く。


「みんな……」


 花子は、ほろりとした。ここが何処なのかさっぱり分からない。私物は旅館の浴衣と帯、穿いているパンツだけなのだ。残念な会社員の花子には、手に職も無く不安で堪らない。


 御殿主様とはどんな仕事をするか分からないし、無事に生きていけるかも分からない。生まれ故郷の日本にたどり着けるかも分からない。ここは、地球ではないどこか。時間の流れが違っている。


 異世界。恐怖がじわじわと足元から忍び寄る。何がどうしてこうなった。生まれ変わりなどという、花子には理解不能な不確定要素でこの神殿とやらに保護(保護か?)されたのだ。


 違う。いらない。こう判断される恐怖が募る。


 この神殿から放り出されたら、花子は生きていけない自信がある。ここがどんな世界であるかも知らない。だから、たとえ元が布団であろうとも支えてくれる人がいるのは心強い。


 しかも、元が布団とはいえ、彼らは日本を知っているのだ。


 うれしい。


 にこりと微笑んだ花子に呼応する様に三人も笑顔になる。


「花子ちゃんはどこで寝てもいいんだよ!!」


「花ちゃんの安眠はぼくたちが守るから!!」


「……安心して寝ろ」




「……守るのは安眠だけかーっ!!」


 花子はちょっぴり、短気でもあった。






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