聖女リクシアナと魔導士ビソフロロール
その島には、中心に大きな山があった。
そして、山の頂上には、湿原と小さな沼があった。
< ゴクッ >
不思議な音とともに空から現れたのは、二つの人影。
聖女リクシアナと、魔導士ビソフロロールである。
二人は、遠く離れたアソカ王国から、この島へ派遣されてきた。
◇
「今朝は忘れずに飲んだみたいね。」
「飲んだ、って?」
「いやこっちの話今のはとりあえず忘れてメタ発言だから。」
「そんなこと言ってるとAI小説だと思われちゃうんじゃない?」
「AIはこんなバカ話わざわざ書かないわよ。」
「それもそうか。」
◇
島は、病んでいた。
その昔、はるか南の海上で生まれた島は、幾度も火を噴きながら、海洋プレートの移動とともにゆっくりと北上しながら成長した。そうして帯状に並んだ若い島のほとんどは、波に削られてやがて海中に没したが、幾つかの島は浸食に耐えられるまでに成長し、そのまま北上を続けた。
やがて火山活動が止まった島には、海鳥や渡り鳥がやってきて巣をつくるようになった。そうした鳥たちは、近くの大陸や島から、植物の種子を運んできた。
島はやがて緑に覆われ、幾筋もの川が流れるようになった。頂上の浅い火口には水が溜まって湖となり、それはやがて少しずつ埋まって湿原を形成した。
島は楽園となり、多くの動物がたどり着いて、楽園で暮らすようになった。すべては順調だった。
だが、島もやがて年老いる。
湖や川の成立とともに、水の流れに乗って島全体を巡るようになっていた霊気は、やがて少しずつその流れが滞るようになってきた。
◇
「最初の兆候は、時々現れる不整脈だったらしいよ。」
「そうなの。私は直接関係ないから知らなかったけど。」
◇
最初に病んだのは、川の上流部だった。
小さな沢の合流部に砂が溜まるようになり、そこに大雨の度に石や流木が溜まるようになってきた。それは水の流れを阻害し、そのせいで霊気が途切れる場所が幾つも出来るようになってきた。やがてそうした場所には、霊気の代わりに瘴気が溜まり始めた。
瘴気が溜まる場所には、やがて見慣れない黄色い花が咲き始めた。
◇
「オオハンゴンソウよ。」
「特定外来生物じゃん。楽園としてはちょっとまずいねそれは。」
「駆除しないとね。」
◇
島が健康であれば、霊気は規則正しく脈打ちながら流れてゆく。
ところが、この島をめぐる霊気は、所々流れが滞るだけでなく、正しく脈動しなくなってきた。
正しく脈動しなければ、水とともに送り出される霊気の量は減ってしまう。
それに伴い、島の生き物達は、本来受け取れるはずの恵みが減り始めた。
そしてそれは、島全体に影響を及ぼし始めていた。
◇
「立ち眩みよ。」
「最初はそれだったらしいね。」
「駅の階段を上った直後とかに、何度か出たらしいわ。」
「本当はそこで循環器科受診した方がいいんだけどねえ。」
「まあでも普通の人は『ただの立ち眩みで病院なんか』とか思っちゃうのよ。」
「まあ普通はそんなもんか。」
「健康診断とかはどうだったのかしら?」
「なんか一度『不完全右脚ブロック』って診断が出てたみたいだけど。」
「そこで精密検査受けなきゃね。」
「でもねえ、不完全右脚ブロックって、ネットとかで調べると『大したことないからまああんま気にすんな』みたいな話が出てきちゃうんですよ。」
「うーん、あんまりネットの情報に頼るのも考え物ね。」
「それな。他の事ならともかく、病気についてはそれやっちゃ駄目だよね。」
「ほんとほんと。」
◇
島の異常は、やがて川の下流に及び始めていた。
大きな支川の合流点付近で、川の流れが堰き止められ、大きな瘴気溜まりが出来てしまった。
霊気の流れが、一時的にだが、そこで途切れる事態となってしまった。
◇
「まあ、『不完全右脚ブロック』と直接関係あるかどうかはわかんないんだけど、そうこうしてるうちに左足に異常が出ちゃったらしいのよ。」
「左足どうしたの?」
「現場で調査中に、左足の尻から先に激しい痛みが走って、すごくゆっくりとしか歩けなくなったんだって。」
「大変じゃん。それからどうしたの?」
「とりあえずその日の調査はなんとか終わらせて、翌日休みとって病院行ったらしいわ。」
「それで、結果は?」
「レントゲンとって調べた結果、『脊椎管狭窄症』っていうやつだったんだって。」
「何その病気?」
「脊椎から出てる神経は鞘に入って出てくるんだけど、その鞘が神経に触って痛みとかしびれが出る病気らしいわ。」
「で、治療したの?」
「なんか脊椎ってデリケートな場所だからおいそれと触れないらしくて、『とりあえず痛み止め出しとくから、ひどくなるようだったらまた来て』って言われたらしいわ。」
「ええー?」
「でも結局、それから痛みは出なくなったもんだから、薬もやめて、今は放置してるって。」
「いいのかなそれで?」
「わかんないけど。」
◇
島の霊気の異常は、ついに川の下流域に及んだ。
霊気の流れが滞ると、水の流れも悪くなってきた。
そして、河口部には土砂が堆積し始めた。
それはやがて、河口をふさぐような大きな洲となり、川の流れが変わってしまった。
河口部は大雨の度に氾濫するようになり、さらに大きくなった洲には、外来種のキクイモが群生するようになった。河口は閉塞寸前であった。
◇
「イモかよ!」
「イモみたいだったんだって。」
「何が?」
「S字結腸に出来てたものが。」
「……え?」
「がんが出来てたんですよ。」
「うわ。」
◇
河口には大きな瘴気溜まりが出来て、そこから瘴気が溶け込んだ赤い水が湧くようになった。
それは、雨が降る度に大量に流れ出て、河口付近の海を赤く染めた。
◇
「血便よ。」
「ええー……………。」
「それも真っ赤なやつが大量に出るようになった。」
「健康診断ではでてなかったの?」
「そこよ。実は健康診断で出てたのよ。便潜血が『+』になってたの。結果欄に『要精密検査』って書いてあったのに、それを5年くらい放置してたらしいわ。」
「あー…………。」
「でね、さすがに本人ビビったらしくて、健康診断を受けた病院に『大腸内視鏡検査受けたい』って電話したみたい。」
「良かった。それで検査受けたんだね。」
「それがねえ、その病院内視鏡検査やってないって言われたんだって。」
「…………。」
「ところがさ、さっき話した左足の痛みで病院行ったじゃない?」
「ああ、さっきの話ね。」
「そこで診てもらったついでに、内視鏡検査申し込んでみたんだって。」
「おお。」
「そしたら『検査出来るよ』って言われて、さっそく検査受けることにして、それでようやく大腸がんが見つかったのよ。」
「良かったね。ていうか、結構やばかったねそれ。」
「ほんとよ。で、検査した結果、小さなサツマイモみたいながんが見つかって、即手術。きれいにとれて、今の所再発とかもないみたい。」
「良かった良かった。」
「でね。」
「で?」
「その大腸がんの手術受ける当日に、不整脈が発覚したの。」
「手術はしたんだ。」
「したんだけど、その後外科の先生から心臓内科の診察予約を入れられて、それで『薬で治療しましょう』ってことになったらしいわ。」
「ようやく話が僕らの出番にたどり着いたね。」
「いや長かったわー。」
◇
河口のキクイモは全て抜き取られ、溜まった土砂は浚渫で取り除かれた。
島で一番大きなこの川は、再びもとの姿を取り戻した。
水の流れが戻ると同時に、霊気の流れも正常に戻り、瘴気溜まりは無くなった。
島は、再び健全な状態に戻ったかに見える。
だが、霊気の流れの滞りはまだ解消されずに残っている。
そこで、魔法書である「おくすり手帳」を携えた聖女リクシアナと魔導士ビソフロロールが島に派遣され、霊気の流れを整えることになったのだという。聖女リクシアナは霊気の流れをサラサラにするのが、魔導士ビソフロロールは霊気の脈動を正常に保つのが仕事である。
こうして二人は今日も、山頂の湖にピンクと白の霊薬をせっせと投げ入れる。
◇
そんなわけで。
以来、私は一日2回、朝食後にリクシアナとビソフロロールを、夕食後にビソフロロールを飲む生活を送っているのである。
めでたし、めでたし。




