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私の料理を泥と捨てた王国、飢え死に寸前で戻れと言われても遅いです ~帝国の料理番になった私は、冷徹な皇帝陛下に胃袋を掴めと命じられました~  作者: 花菱 結愛
第1章:泥を啜らされた令嬢、極寒の帝国で至高のスープを振る舞う

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第7話:鉄の侍女長と秘密の夜食

「……国家機密、だなんて」


 セリーナさんに案内された、私専用の豪華な客室。

 一人になった途端、王国の親書に記されていた言葉が、冷たい泥のように心にまとわりついてきました。

 私を「無能」と呼び、凍てつく雪原に捨てた彼らが、今度は「機密を盗んだ大罪人」として引き渡しを要求してくる。

 その身勝手さに、悲しみよりも先に、ふつふつとした怒りが湧き上がってきます。


(私は、道具ではありませんわ。ましてや、あんな方たちの私物でも!)


 ギュッと木ベラを抱きしめます。

 陛下は守ると仰ってくださったけれど、このまま何もしないで待っているのは、私の誇りが許しませんでした。

 高ぶった神経のせいで眠ることもできず、私はそっと部屋を抜け出しました。


 深夜の離宮。

 静まり返った廊下を歩き、私は昼間に案内された厨房へと向かいました。

 ハンスさんたちが帰った後の厨房は、月明かりを浴びてひっそりと息づいています。

 私は迷わず、パントリーから幾つかの食材を取り出しました。


(少しだけ、心を落ち着かせたい。……甘くて、温かいもので)


 手早く、けれど丁寧に。

 帝国産の濃厚なミルクと、黄金色に輝く蜂蜜。そして、隠し味に香ばしいシナモンを。

 小鍋を火にかけ、あの木ベラでゆっくりと円を描きます。

 木ベラがミルクに触れた瞬間、ふわっと白い湯気が立ち上り、厨房中に「安らぎ」の香りが広がっていきました。

 私が込める祝福は、今や迷うことなく、液体の中に黄金の光となって溶け込んでいきます。


「……こんな時間に、何をしておいでですか」


 冷や水を浴びせられたような、凛とした声。

 振り返ると、そこには眼鏡の縁を光らせた侍女長、セリーナさんが立っていました。

 一切の隙がない立ち姿。その瞳は、やはり私を査定するような鋭さを失っていません。


「セリーナさん……。眠れなくて、少しだけ夜食をと思いまして」

「規則では、使用人以外が厨房を勝手に使うことは禁じられておりますが……。陛下が『彼女にはすべての自由を』と仰せですから、見逃しましょう」


 彼女は一歩、また一歩と近づいてきました。

 そして、鍋から立ち上る香りを吸い込んだ瞬間。

 ――ピクリ、と。

 彼女の整った眉が、わずかに動きました。


「……それは、何ですの」

「『月光のハニーミルク・パン』ですわ。冷えた体を芯から温めて、悪い夢を追い払ってくれる料理ですの。よろしければ、セリーナさんもいかがですか?」


「……。毒見を、させていただきますわ」


 セリーナさんは、鉄の表情を崩さないまま言いました。

 私は心の中で小さく笑いながら、焼きたてのふっくらとした小さなパンに、温かいミルクをたっぷり染み込ませた一皿を差し出しました。


 彼女は銀のスプーンを手に取り、ゆっくりと、一口。

 パンを口に含んだ瞬間。


「…………っ」


 セリーナさんの体が、ビクンと震えました。

 眼鏡が、湯気で見事に白く曇ります。

 彼女の手からスプーンが滑り落ちそうになり、慌ててそれを握りしめました。


「な、何ですの……これ。口の中で……雲のように、消えて……」

「お口に、合いませんでしたか?」


「……いいえ。逆ですわ。……お嬢様。そのパイ……いえ、このパン、毒見と称して私が半分……いいえ、全部頂戴いたします」


 セリーナさんの言葉遣いが、一瞬で崩れました。

 彼女は眼鏡を外し、目元を片手で覆いました。

 そこに見えたのは、これまでの冷徹な侍女長の姿ではなく、一人の「少女」のような、潤んだ瞳。


「……温かい。私、ずっと……帝国を守るために、心を鉄にしてきました。陛下の呪いを少しでも和らげたくて、魔力を使いすぎて、感覚が麻痺していたのに……。今、指先まで血が巡るのがわかります」


 彼女の背後に、まるで幻視のように可憐な小花が舞っているのが見えました。

 これが、彼女の「真実の顔」。

 エリアナの料理に含まれる浄化の魔力が、彼女の蓄積された疲労と「不信感」を、一遍に洗い流してしまったのです。


「セリーナさん」

「……お嬢様。失礼をいたしました。私は、あなたを疑っていました。王国の間者ではないか、陛下を惑わす毒婦ではないかと。……ですが、この味は。この優しさは、偽物には作れませんわ」


 彼女は、私の前で深く、深く膝を突きました。

 それは主君に対する礼ではなく、心から敬愛する対象へと捧げる「臣下の礼」。


「エリアナ様。……今日から、私はあなたの剣となり、盾となります。王国のあのような無礼な書状、二度とあなたの目に触れさせないよう、私が責任を持って粉砕して差し上げますわ」


「セリーナさん、ありがとうございます……。でも、粉砕するのは、私自身の手でやりたいのです」


 私の言葉に、セリーナさんが目を見開きました。

 私は木ベラを掲げ、月光の下で微笑みました。


「私を捨てたことを、彼らに心の底から後悔させたいのです。……そのためには、私の『祝福』がどれほどの価値があるか、世界に知らしめる必要がありますわ」


「……おーっほっほ! 素晴らしい意気込みですわ、お嬢様!」


 セリーナさんが、初めて声を上げて笑いました。

 その笑い声は、私と彼女の間に、鋼よりも強い絆が生まれた証。


「では、明日、王国の特使が到着いたします。陛下は彼らを招き、エリアナ様のお披露目となる『歓迎の晩餐会』を開くおつもりです。……お嬢様、世界を跪かせる準備をいたしましょう?」


 セリーナさんの瞳に、私と同じ「戦い」の火が灯りました。

 最強の侍女を味方につけた私の心は、もう夜の闇に怯えることはありません。


 待っていなさい、ジュリアン様、フィオナ。

 あなたたちが失ったものが、どれほど巨大な宝石だったか。

 帝国の厨房から、最高に贅沢で残酷な『おもてなし』を差し上げますわ!

最後まで読んでくださって、ありがとうございますわ!


鉄の侍女長セリーナさん……陥落、早すぎますわ!(笑)

でも、エリアナのハニーミルク・パンには、凍てついた心を溶かす本物の魔力が宿っていますもの。仕方ありませんわね。おーっほっほっほ!

セリーナという最強の「教育係兼ボディガード」を得たエリアナ。


そして、いよいよ次回、王国の使者が帝都に足を踏み入れます。

「国家機密を返せ」と喚く彼らの前に、最高に美しく磨き上げられたエリアナが登場する瞬間……。

ああ、わたくし、そのスカッとするシーンを書きたくてたまりませんわ!


続きが気になる!と思ってくださったら、ぜひ【ブックマーク】と【評価(★★★★★)】で、セリーナさんの「毒見」を応援してくださいませね!

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