第5話:砂を噛む皇帝、光を知る
「エリアナ……。お前は、一体、私に何を飲ませた」
大股で詰め寄ってきたゼフィロス様の気迫に、私は思わず後ずさりました。
彼の右手を覆う包帯からは、なおも溢れ出すようなまばゆい光が漏れ、食堂の影を濃く描き出しています。その瞳は獲物を射抜く獣のように鋭く、けれど、どこか縋るような熱を帯びていて。
「わ、私はただ……卵を心地よい温度で温め、バターの香りを添えただけで……」
「嘘をつけ。……これを見ろ」
彼が右手を差し出します。
包帯の隙間から見えたのは、皮膚を這い回る黒い血管のような紋様――それが、私の料理が放つ輝きに焼かれるように、静かに消え去っていく光景でした。
「十年だ。この『神を殺した罪』の呪いが、私の右腕を焼き、五感を奪い、絶え間ない激痛で心を削り続けてきた。……だが、今」
彼の手が、私の頬に触れました。
先ほどの吹雪の中よりも、もっと熱く、力強い感触。
その瞬間、私は息を呑みました。
「……あ。木ベラが……」
私の腰に下げた古びた木ベラが、陛下の肌に触れた箇所から呼応するように、淡い、桜色のような光を放ち始めたのです。
「お前の手が触れた場所から、痛みが消えていく。……砂のようだった世界に、色彩が戻っていく。エリアナ、お前は……何者だ」
ゼフィロス様の声は、もう皇帝としての威厳などかなぐり捨てた、一人の「飢えた男」の切実な震えでした。
その切なさに、私の胸が締め付けられます。
王国で「無能」と蔑まれ、冷たいスープしか作らせてもらえなかった私。
誰も私の料理を待っていなかった。誰も、私の「祝福」に気づいてなどくれなかったのに。
「私は……ただの料理人ですわ。お腹が空いた人を、笑顔にしたいだけの……」
私が勇気を振り絞って彼の手を両手で包み込むと、木ベラの光はさらに強く、優しく溢れ出しました。
陛下の右腕を支配していた黒い呪いの紋様が、雪解けのようにすうっと引いていきます。
「……っ、ああ……」
ゼフィロス様が、その場に崩れ落ちるようにして私を抱きしめました。
大理石の床に膝を突き、私の腰に顔を埋める皇帝。
その背中が、初めて見る子供のように震えています。
「……静かだ。……何も聞こえない。絶え間ない呪いの咆哮が……お前の傍にいるだけで、こんなにも、穏やかになるのか」
「陛下……」
見守っていたセリーナさんや他の侍女たちが、声を失って立ち尽くしています。
あの冷徹非情で、誰の接触も許さなかった「氷の皇帝」が、泥まみれで現れた異国の令嬢に、これほどまでになりふり構わず縋っているのですから。
「セリーナ。今すぐ、この離宮の守護結界を最大にしろ。……エリアナを、一歩も外へ出すな。誰の目にも触れさせるな」
抱きしめる腕の力が、壊れ物を守るように強くなります。
それは紛れもない「独占欲」。
私を救うために差し伸べられた手は、今や私という救いを二度と手放さないための「檻」に変わろうとしていました。
「お前は、今日から私の光だ。……お前を捨てたあの国が、どれほどの損失を被ったか。これから死ぬまで、あいつらには後悔の中で足掻いてもらおう。だが……」
彼が顔を上げました。
至近距離で見つめるその瞳には、狂おしいほどの愛しさが渦巻いています。
「お前のその温もりを知っているのは、私だけでいい。……エリアナ、私のためにだけ、その木ベラを振るえ」
陛下の熱い唇が、私の手の甲に落とされました。
誓いというにはあまりに重く、呪いというにはあまりに甘い、初めての口づけ。
その頃、私を捨てた王国では――。
フィオナが作った「聖女の晩餐」を囲んでいたジュリアン様たちが、絶叫を上げていました。
「何だ、この味は!? 腐った泥を煮詰めたような……! 衛兵! 料理人を処刑しろ! 早く、エリアナを……エリアナを連れ戻してこい!!」
空気が枯れ、味が失われ、すべてが崩壊していく祖国の悲鳴。
けれど、私はもう、陛下の腕の中に囚われて。
彼が初めて見せた安らかな寝顔を、そっと見守ることしかできなかったのです。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございますわ!
陛下がエリアナに縋って膝を突くシーン……。
「お前は私の光だ」なんて、もう、わたくしまで心臓が止まってしまいそうですわ!おーっほっほっほ!
エリアナの料理が陛下の呪いを解くだけでなく、彼の心まで溶かし始めた第5話。
でも、陛下の「誰にも見せたくない」という愛が、少しずつ暴走しそうな予感……。
一方、味の消えた王国では地獄が始まっているようですわね。
「戻ってきて」なんて、もう遅いですわよ? 彼女はもう、皇帝陛下の「心臓」なのですから。
次回、陛下がエリアナのために用意した「重すぎる贈り物」とは?
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