第26話:偽聖女フィオナ、禁じられた『腐敗のレシピ』に手を染める
「……ああ、なんて酷い臭い。これはもはや、生き物の住む場所ではありませんわね」
帝都の執務室。
私は、ゼフィロス様の隣で、王国の偵察から戻ったセリーナさんの報告書に目を通していました。
大陸会議から数日。帝国が世界の中心として輝きを増す一方で、私を捨てた王国からは、もはや国家としての体裁すら保たれていないという、目を覆いたくなるような惨状が届いていました。
大知はひび割れ、川は腐った油のような色に変色し、民は泥に這いつくばって、ネズミさえも食らい尽くしているという。
そして、その中心にいるジュリアン様とフィオナは――。
「エリアナ。……見ろ。奴らが『最後のお礼』と称して、国境まで届けてきた代物だ」
ゼフィロス様が、冷酷な眼差しで、テーブルに置かれた一つの銀箱を指差しました。
帝国騎士が幾重にも結界を張り、厳重に持ち込まれたその箱からは、結界を透過するほどにドロリとした、精神を汚染するような悪臭が漏れ出していました。
私が木ベラをかざしながら箱を開けると、そこにあったのは。
かつて私が丹精込めて育てていた、王宮果樹園の『白銀の桃』……のはずだったものでした。
今は見る影もなく、真っ黒に腐り果て、表面には無数の『眼』のような斑点が浮き上がり、不気味に蠢いています。
それは食材などではありません。ジュリアンの怨念と、魔王の呪いを注ぎ込まれた、精神破壊の媒介。
「……おーっほっほっほ! まあ、なんて不作法な贈り物かしら。陛下、こんなゴミをテーブルに乗せておくなんて、帝国の品位に関わりますわ」
私が木ベラを一振りすると、黄金の光が銀箱を包み込みました。
パチパチ、と呪いが焼ける音がして、黒い桃は瞬く間に白い灰へと変わっていきます。
浄化。……いいえ、今の私の『祝福』にとって、この程度の呪いは味付けにもならない、ただの燃えカスに過ぎません。
「……フン。これがお前の『代わり』を自称する女の精一杯か。……笑わせるな」
ゼフィロス様が、私の腰を引き寄せ、その首筋に噛み付くように深く、熱い吐息を落としました。
彼の右手は、もう包帯を必要としません。私の祝福を食べて強くなったその腕は、今や帝国の守護神としての威厳を放ちながら、私への剥き出しの独占欲を伝えてきます。
「エリアナ……。王国を今すぐ地図から消してもよい。……お前が望むなら、あの女の喉を凍りつかせ、二度と不快な声を出せぬようにしてやろう」
「いいえ、陛下。……あの方たちには、自分たちが信じた『偽物』が、どれほど無惨に崩れていくか、最後まで見届けていただかなくては。……それが、私からの最後のおもてなしですわ」
私が不敵に笑う、その時。
滅びゆく王国の、影さえ差さない最深部では――。
「……あ、あははは! お姉様、お姉様見てる!? これよ、これこそが『真の聖女』の力なのよ!」
フィオナは、真っ暗な厨房で、一人踊り狂っていました。
かつて可憐だった顔は、呪いの侵食によって土気色に染まり、瞳には正気の一欠片も残っていません。
彼女が手に持っているのは、ボロボロに破れたエリアナの『調理日誌』。
「レシピ通りに作っても美味しくならないなら、食材を変えればいいのよね? ……そう、殿下が教えてくれたわ。……お姉様の祝福を超えるには、もっと『濃い』ものが必要だって!」
フィオナは、まな板の上に自分の細い腕を乗せました。
そして、狂った笑みを浮かべたまま、鋭いナイフを――。
「……あがっ、ああ、ああああ!! 熱い……! 私の血、なんて熱くて……香ばしいのかしら……!!」
切り開かれた傷口から流れるのは、赤い血ではありませんでした。
それは、魔王の力を宿した、粘り気のある漆黒の泥。
彼女はその泥を、沸騰する大きな鍋の中に、歌いながら注ぎ込み始めました。
『禁忌:腐敗のレシピ』。
己の肉を、魂を、呪いの出汁として煮詰める。
それは食べた者に、一瞬の多幸感と引き換えに、永遠の隷属と精神の崩壊を与える、最悪の『毒の晩餐』。
「さあ、お姉様。……これを食べたら、貴女も、あの皇帝も、みんな私の奴隷よ。……私の料理が、世界で一番だって、認めさせてあげる……!!」
王国の地下から立ち上る、世界を腐らせるほどの死の臭い。
フィオナの狂気は、もはやエリアナの祝福を模倣することすら辞め、ただすべてを「同じ泥」に変えることだけを目的に、完成の日を待っていたのでした。
第2章・第2部、開幕ですわ!
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます!
おーっほっほっほ!
王国から届いた不気味な桃を、灰にするエリアナ様……。
相変わらずの「格の違い」に、わたくしスカッといたしましたわ!
でも、フィオナさん。自分の肉を鍋に入れるなんて、もうお料理の域を超えてホラーですわよ!
「真の聖女」だなんて、泥を煮詰めながらよく仰いますわね。
次回、第27話。
「帝都の泉が枯れた朝、エリアナは微笑みを絶やさない」。
フィオナの呪いが、帝国の生命線である「水」を狙い始めます。
水さえも腐らせようとする王国の執念に対し、エリアナ様がどんな『奇跡の浄化』を見せるのか!?
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